西川玉之助(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

西川玉之助

にしかわたまのすけ

元治元<1864>.9.10~1954.2.19

西川玉之助

西川玉之助

普通学部教授、初代旧制中学部長。
兵庫県多紀郡の山村で医者の次男として生まれる。
大阪に開設されたメソヂスト監督教会最初の伝道所に出席、1888年、O.A.デュークス(Dukes, Oscar Adolphus)より受洗。
神戸税関に勤務後、セントラルアカデミーならびにヴァンダビルト大学で8年間の留学後、98年に帰国、関西学院普通学部の教授となり、1905年1月に日露戦争で出征し、通訳官として徴用されるまで英語教育を担当した。
12年に再度関西学院に招かれ、同年9月に普通学部長事務取扱に就任、同年11月には普通学部長に就任した。
15年2月、普通学部から中学部に名称変更したのに伴い、初代中学部長となり、同年6月に中学部長を辞任。
教員辞職後は日沙商会、東京毛織物会社、日本冶金、東洋ファイバー等の重役を歴任。
また、神戸YMCAの創立者のひとりとして最初の幹事も務める。
南美以神戸教会の教会員として建築委員などを務め、教会運営の中心人物の一人として貢献した。

【参照】Ⅰ 161,176,252,261,411【文献】『神戸栄光教会七十年史』1958;『日本基督教団神戸栄光教会百年史』2005