仁田勇(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

仁田勇

にったいさむ

1899.10.19~1984.1.16

仁田勇

仁田勇

理学部長。
東京に生まれる。
1923年、東京帝国大学理学部化学科を卒業後、理化学研究所勤務、28年から31年までオランダおよびドイツに留学、その間、30年7月29日に東京帝国大学から理学博士の学位を授与された。
32年、大阪帝国大学理学部創立委員として同大学理学部の新設に参画、33年、大阪帝国大学理学部に教授として就任した。
2度にわたって理学部長を務めるとともに数々の要職を経験し、60年に大阪大学理学部を退職、同大学名誉教授になった。
同年4月に関西学院大学教授に就任し、理学部開設準備の中心的役割を果たした。
理学部創設の61年から67年まで3期6年にわたって理学部長を務め、理学部発展の基礎を築いた。
結晶化学の先駆者として世界的に著名な学者で、39年に日本化学会桜井褒賞受賞、43年には帝国学士院賞を受賞し、日本結晶学会会長、日本化学会会長などを歴任した。

 関西学院大学在職中、1965年には「フグ毒の単離と化学構造の決定」で朝日文化賞受賞、「結晶化学の体系確立」で藤原賞受賞、66年には「化学構造のX線的研究」で文化勲章を受章した。
理科系の分野に未開であった関西学院にとって、豊かな学識と経験は理学部創設に大きく寄与した。
68年の定年退職に際して、C.J.L.ベーツ、H.W.アウターブリッヂ、神崎驥一の各院長に続き、4人目の名誉博士の学位を授与された。
66年から80年まで理事。
著書は『X線結晶学』(上、下)(1959-1961)、『現代物理化学講座』(1966)など。

【参照】Ⅱ 234【文献】『関西学院大学理学部20年史』1981;『化学のいろいろな横顔―仁田勇先生遺稿』1985