日本西部神学校(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

日本西部神学校

 西日本における日本基督教団の伝道者養成機関として発足した日本西部神学校は、関西学院神学部の建物・施設を利用する形で1943年5月に開校した。
東京の日本東部神学校講堂で挙行された開校式の模様について、『第2回日本基督教団総会報告書』の「日本基督教団神学校財団報告」の中で次のように述べられている。
「日本基督教団神学校財団並に同財団の設立せる日本東部神学校、日本西部神学校及日本女子神学校は昭和18年3月31日付を以て文部大臣の認可を得たり。昭和18年5月19日午後3時より日本東部神学校講堂に於て開校式並に校長任職式を挙行し引つづき午後5時より大松閣に於て祝賀晩餐会を催したり」。

 日本西部神学校は、聖書学舎と日本聖化神学校の二つの各種学校が合同しているが、実質的には関西学院神学部の教授と学生を中心として統合・再編されたものである。
このことは、松下績雄、松田明三郎、原野駿雄の3名の関西学院神学部教授が専任教授として就任していることからもうかがえる。
日本西部神学校において始まった新たな教職養成も、翌年の1944年3月には日本東部および西部神学校が統合されて日本基督教神学専門学校となり、学院から神学校が姿を消すことになった。
この新たな統合によって、在学生は東京に移籍し、また教授の松下績雄は広島女学院専門学校に、松田明三郎は日本基督教神学専門学校に、そして原野駿雄は日本女子神学専門学校にそれぞれ赴任した。

【参照】Ⅰ 576