野々村戒三(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

野々村戒三

ののむらかいぞう

1877.9.7~1973.11.21

野々村戒三

野々村戒三

旧制中学部長。
大分県速見郡杵築町出身。
1898年、第一高等学校卒業、1901年、東京帝国大学文科大学史学科卒業、06年、同大学院修了。
京都府立第五中学校教諭を経て、新進の歴史家として第三高等学校教授を務めていたが、16年、旧制中学部長として関西学院に迎えられた。
同年から20年まで部長の任に就いたが、その間、高等学部長、文科長も兼任した。

 旧制中学部長在任の1917年2月に中学部校舎の一部焼失という災禍を経験することになったが、校舎新築や膨張期の中学部経営に尽力した。
19年には高等学部の大学昇格のための大学委員会委員にも任命され、関西学院に貢献した。
部長辞任後、早稲田大学高等学院長を務める。

 著作に『基督教史の研究』(1920)、『パウロ研究』(1925)、『校註世阿弥十六部集』(1926)などがある。

【参照】Ⅰ 267,273,342,416,433【文献】『関西学院高中部百年史』1989