平岩愃保(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

平岩愃保

ひらいわよしやす

安政3<1856>.12.17~1933.7.26

平岩愃保

平岩愃保

理事、日本メソヂスト教会第2代監督。
江戸小石川安房町に生まれる。
1871年、官費生として東京府立洋学校に学び、その廃校後は開成学校に入学。
そのころ中村正直の同人社に出入りし、カナダ・メソヂスト教会の宣教師G.コクランの聖書講義に感動し、75年、中村邸でコクランから受洗。
77年、部会で教職試補に選ばれ、神学教育を受けて、78年7月、牛込教会に赴任。
80年、下谷教会に転じ、81年、按手を受けた。
82年から甲府教会、静岡教会、麻布教会の牧師。
93年から再度静岡と甲府教会に赴任。
1904年、本郷の中央会堂牧師。
翌年トロントのヴィクトリア大学から名誉神学博士の学位を贈られた。
07年、メソヂスト3派が合同して日本メソヂスト教会が結成され、伝道局長、教会条例制度委員長として教会形成に貢献した。

1910年、カナダ・メソヂスト教会の関西学院への合同経営参与に伴い、理事に就任。
11年、関西学院院長に選ばれたが、日本メソヂスト教会初代監督本多庸一の死去に伴い、12年の臨時総会で同教会の第2代監督に就任したため「幻の関西学院長」となる。
19年、監督職を退任した。

【参照】Ⅰ 254,266【文献】倉長巍『平岩愃保伝』1992