フィールド(第1~4)(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

フィールド(第1~4)

第3フィールド

第3フィールド

 フィールドは、元々は単に「グラウンド」と呼ばれ、第1フィールドを「グラウンド」、第2フィールドを「新グラウンド」と呼んで区別していたが、第3フィールドの完成後は数字を冠して第1~第3フィールドと呼ぶようになった。
第1フィールドは1929年の上ケ原移転時から存在した。
当時の面積は、現在の第1フィールド(高等部グラウンド)に加えて北側のG号館を含む広大なものであったが、2006年以後はG号館の建設によって面積は半減した。
1929年時点では、北側が専門部・大学運動場(野球場)、南側が旧制中学部運動場(野球場)であった。
第2次大戦中には第1フィールドを三重海軍航空隊西宮分遣隊に供出した。
そのときに掘られた地下壕は今も残っている。
また戦後の1952年には、北側を野球場、南側をテニスコートとして使用していた。
その後、北側を大学硬式野球部、南側を大学アメリカンフットボール部が長年にわたり使用したが、現在は、北側にG号館が建設されたため、第1フィールドは南側の高等部グラウンドのみを指す。

 第2フィールドは1959年に完成し、馬場、陸上ホッケー部練習場、軟式野球部練習場(現、準硬式野球部練習場)、自動車部練習場、洋弓場、陸上競技部練習場、ハンドボール部練習場、ラグビー部練習場として使用されてきた。
2001年以後は、馬場が第3フィールドに移転し、その跡地はテニスコートになった。

 第3フィールドは2006年に完成し、約57,200㎡の敷地に、アメリカンフットボール場、硬式野球グラウンド、馬場として使用されている。

 第4フィールドは2009年に完成し、硬式テニスコート、サッカーグラウンドとして使用されている。
なお、第4フィールドへは、第3フィールドからハイキング道を歩いて行くことになっている。