文化総部(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

文化総部

 文化総部の歴史は1912年、専門部学生会創設と同時に発足した社交部にさかのぼる。
当時の学生会には、第1部宗教部、第2部学芸部、第3部運動部に加えて、第4部に社交部があった。
この専門部学生会が分離し、高等学部学生会となった17年ごろより音楽部としての色彩が濃厚となり、翌年には最初の慈善音楽大会を神戸青年会館で開催した。

 関西学院の上ケ原移転と同時に文芸部が独立し、社交部は音楽部と改称した。
音楽部には、オーケストラ・クラブ、マンドリン・クラブ、グリー・クラブ、ハーモニカ・クラブ、観声会(現、能楽部)などが、文芸部には、映画研究会、劇研究会、弦月会、俳句会があった。
戦時下の学生会は1941年以降、報国団・報国隊に組み込まれた。

 1946年に文化総部が誕生し、文化祭、音楽祭など多彩な文化活動を行ったが、57年11月、経理問題により解散した。
しかし、翌年再建委員会の努力により規約を改めて文化総部は再建された。
学院創立70周年にあたる59年には『上ケ原文化』を創刊した。
当時は総本部のほか24団体が登録されていた。
しかし、70年代後半の大学紛争の影響もあって、文化総部としての活動は以前ほど活発でないものの、文化総部の登録団体の数は増加し、活発に活動している。
2013年12月現在、登録数は36団体である。