松村吉則(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

松村吉則

まつむらよしのり

明治5<1872>.11.15~?

松村吉則

松村吉則

初代高等学部商科長。
東京府に生まれる。
1898年7月東京高等商業学校を卒業、翌年同校専攻科卒業、商学士の称号を受ける。
1900年9月から東京の大倉商業学校で教鞭をとり、03年からは早稲田大学高等予科でも講師嘱託で講義をした後に、11年6月、県立金沢商業中学の第3代目校長に就任した。
『金商七十年史』によれば、「東京出身でコレスポンデント(商業通信文)や英語に造詣が深く、小柄であるが修身科の担当を通じて厳しく生徒を指導した」とある。
1年10カ月の校長在任期間後に、松村は創設2年目の13年4月に関西学院高等学部商科に初代商科長として赴任。
15年7月にアメリカ・シカゴ大学に留学し、銀行法を研究した。
帰国直後の大阪毎日新聞17年1月17日号に「米国に於ける労働と資本問題」を寄稿している。
同年12月離任し、東京外国語学校教授に就任した。

【文献】『関西学院高等商業学部二十年史』1931;『金商七十年史』1970