真鍋由郎(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

真鍋由郎

まなべよしろう

1873.1.3~1939.9.15

真鍋由郎

真鍋由郎

名誉中学部長。
香川県多度津町に生まれる。
1888年、大阪第三高等中学校に進むが、90年、東京農林学校に移る。
しかし同校の廃止により、京都第三高等中学校に再転、91年3月退学。
当時、南美以教会は多度津地方に伝道を開始しており、同年12月、J.T.マイヤーズにより洗礼を受けた。
98年、多度津教会に伝道に来ていたS.H.ウェンライトに見込まれ、関西学院普通学部教員として学院に招かれる。
1905年から3年半カリフォルニア州・スタンフォード大学で生物学を学ぶ。
真鍋の収集した新種の鰻は、スタンフォード大学の恩師D.S.ジョルダン博士によってAnguilla manabei(アンギラ・マナベイ)という学名で学会発表されたこともある。

 1930年、旧制中学部長田中義弘の急逝により、中学部長代理を経て中学部長に就任、38年の定年まで務める。
平素清貧に甘んじ、いささかも身の周りを飾ることなく、清廉潔白で、接する者をして自ら襟を正さしめるような人柄であった。
また、博物標本室を設けて生物学の研究に従事したり、そこで聖書研究会を開いたりした。
医学への造詣も深く、37年、教え子で学院の校医、宝来善次博士の協力により、中学部でツベルクリン反応・BCG接種を実施。
これは日本で団体としてツベルクリン反応、BCG接種を行った初めとされる。
著書に『先賢群像』(1943)がある。

 現在、関西学院中学部には真鍋奨学金が設けられている。

【参照】Ⅰ 509【文献】『関西学院高中部百年史』1989