マンドリンクラブ(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

マンドリンクラブ

 1917年、マンドリナータ・コメンゼとして創部。
戦前は43年まで部員数20名前後で大学記念行事での演奏会、他大学との合同演奏会などの活動を行った。
戦後46年の関西学院大学文化総部洋楽大会から活動を再開。
その後文化祭への参加やNHK大阪放送局の番組に出演、九州演奏旅行などの活動を続けて順調に部員が増え、52年より定期演奏会も再開できるようになった。
60年よりイヴニング・コンサートが開催され、春秋2回の演奏会を行っていた。
また62年、全国45大学からなる全日本学生マンドリン連盟が発足し、当初より常任理事校となる。
70年、大阪マンドリン連盟加盟後は毎年合同演奏会に参加している。
また、九州などで行っていた演奏旅行はこのころから恒例化し、北海道へも出掛けていた。

 初代技術顧問はマンドリン曲を多く手掛けた大栗裕である。
現在では、OBの岡本一郎の指導を受けながら定期演奏会、大阪学生マンドリン連盟による他大学合同の演奏会を中心として練習に励んでいる。
その他、病院などの依頼演奏、クリスマスコンサート、フェア、フェスタなど学内だけでなく外部にも出向き、他大学との交流を持ちながらさまざまな活動を行っている。

【文献】『関西学院大学マンドリンクラブ50年史』1968