オリンピックと関西学院(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

オリンピックと関西学院

 日本は1912年に開催された第5回オリンピック・ストックホルム大会に初参加、20年の第7回アントワープ大会で日本勢が活躍し、テニスの熊谷一彌、柏尾誠一郎が単複で銀メダルを獲得した。

 関西学院の同窓生としては、1924年第8回パリ大会に水上競技の石田恒信が出場、28年第9回アムステルダム大会には陸上競技の中沢米太郎、木村一夫が、32年第10回ロサンゼルス大会には陸上競技の木村一夫、36年第11回ベルリン大会にはサッカーの西邑昌一が出場した。
同年冬季第4回ガルミッシュ・パルテンキルヘン大会にはフィギュア・スケートの片山敏一が出場した。

 戦後、1952年第15回ヘルシンキ大会に、ヨットの海徳敬次郎、レスリングの山崎次男が出場し、56年第16回メルボルン大会ではサッカーの鴇田正憲、長沼健、佐藤弘明、北口晃、平木隆三が、水上飛び込みに津谷(現姓馬淵)鹿乃子が出場。
以後、60年第17回ローマ大会に陸上競技の蝦名純、水上飛び込みの津谷鹿乃子が、同年冬季第8回スコーバレー大会にはフィギュア・スケート上野(現姓平松)純子が出場した。
64年第18回東京大会にはサッカーの長沼健、平木隆三、継谷昌三、陸上競技に田中(現姓島崎)章、浅井浄、馬術に勝本正則、佐々信三、水上飛び込みに馬淵鹿乃子、バレーボールに大松博文、小山勉が出場。
同年冬季第9回インスブルック大会には上野純子が出場した。
68年第19回メキシコ大会にはサッカーの長沼健、同年冬季第10回グルノーブル大会と72年冬季第11回札幌大会にもフィギュア・スケートの山下(現姓大西)一美が出場した。
76年第21回モントリオール大会ではバレーボールに小山勉、水上飛込みに馬淵鹿乃子が出場した。

【文献】『関西学院大学体育会OB倶楽部会報』(6)1976