メソジスト(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

メソジスト

Methodist

 18世紀のイギリスでJ.ウエスレーを指導者として起こった信仰復興運動がメソジスト運動と呼ばれるが、メソジスト(几帳面屋)という呼称は、オックスフォード大学クライスト・チャーチで弟C.ウエスレーたちが始め、兄ジョンが継承した「神聖クラブ」(Holy Club=第1期メソヂスト形成)のメンバーにつけられたあだ名である。

 メソジスト会(Methodist Society)のメンバーは、当時の英国国教会の形骸化した儀式や教理に対して自らの神の恵みの体験を重んじ、愛と奉仕による社会事業、教育活動に挺身し、労働者の自覚と向上を促した。
1744年、第1回の年会を開いた。

 1769年以後アメリカに伝わったメソジスト運動は、19世紀のフロンティア時代、工業化の進展と経済成長に伴って次第に中産階級に浸透し、アメリカ最大のプロテスタント教派を成す飛躍的な発展を遂げた。
その後、アメリカ大陸以外の外国へのミッション活動が次々と開始されたが、関西学院の創立者W.R.ランバスの曾祖父W.ランバス(William Lambuth, 1765-1837)は、J.ウエスレーがアメリカに派遣した初期リーダーの一人F.アズベリ監督から按手を受け、アメリカ先住民伝道に従事した直系のメソジスト・ミッショナリーであった。

 日本に導入されたメソジストについては、キリスト教の本質を合理的立場で捉える自由主義や聖書の字義どおりの解釈に固執する根本主義とは一定の距離を置く健全な福音主義、すなわち人間の原罪やキリストによる救済などプロテスタントの正統的信仰を築いたものとして積極的評価がなされている。

【参照】Ⅰ 10,31,41【文献】土肥昭夫『日本プロテスタント・キリスト教史』1980;山内一郎『メソジズムの源流:ウェスレー生誕三〇〇年を記念して』2005