英語研究部(E.S.S.)(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

英語研究部(E.S.S.)

 英語研究部の起源は、1896年の英語会設立にさかのぼる。
英語会は神学部、普通学部の学生全員を会員とし、英語の研鑽に努め、「英語の関学」の礎となった。
初代の顧問は吉岡美国院長。
私塾的な雰囲気の中で外国人宣教師の力添えは大きく、日本大学専門学校英語会連盟大会(英語弁論大会)で1926年から3年連続で山口清、桑原義雄、宮川富雄が全国優勝している。

 戦後はトミー植松が1950年に第4回マッカーサー杯(毎日杯)全国学生英語弁論大会で初優勝した。
その後の優勝者に、林明男(1952)、吉岡浩一(1959)、山田紘一(1961)、平井昭(1962)、松本寛(1965)、横関雄彦(1966)、正木浩三(1975)、陳朋秋(1979)、大野浩司(1988)がおり、計10回の優勝は他大学E.S.S.の追随を許さない記録である。
近年では、2010年に藤井達貴がJ.U.E.L.杯争奪全日本英語弁論大会で優勝した。

 E.S.S.は雄弁家として名高い英国の首相、W.L.S.チャーチルの許可を得、1958年以降毎年、高校生を対象に「チャーチル杯」争奪全日本高等学校生英語弁論大会を開いている。
2012年に英国ケンブリッジ大学チャーチルカレッジ・アーカイブセンターで、E.S.S.とチャーチルの間で交わされた往復書簡20通の写しが発見され、許可を得るまでの経緯が明らかになった。
翌13年にはチャーチルからの許可の手紙の原本が、加藤秀次郎院長の子息宅で発見され、学院に寄贈された。

 現在、活動は全体活動とセクション活動の2つに大別され、「価値ある世界市民」(Worthy Citizens of the World)を目標に、部員はスピーチ、ディベート、ディスカッション、シンポジウムの4つセクションに分かれて活動を行っている。
昼休みには日本庭園に集まり、留学生や外国人を交えながら英語で話し、会話力の向上を目指している。

【文献】Past and Present 1896-1962 1962;『関西学院大学英語研究部(E.S.S.)100年史』1998;『関西学院大学E.S.S.ディスカッション・セクションKING40年史』2007;Takaaki Kanzaki, How the Churchill Trophy Came to the World 2013