柳原正義(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

柳原正義

やなぎはらまさよし

1895.5.26~1943.3.15

柳原正義

柳原正義

関西学院教会牧師、礼拝主事。
大分県塩九舛町に生まれる。
学院創立の1889年の大晦日、S.H.ウェンライト宣教師の館で起こった大分リバイバルで献身を誓い関西学院神学部初期の学生となった柳原浪夫の長男として生まれる。
関西学院高等学部文科第3回入学生、のち神学部に転部、1919年卒業。
1923年、アメリカ留学中に関西学院教会副牧師に任命され、同年秋に就任。
25年、関西学院教会第5代牧師に就任し、34年に病を得て牧会を退くまで、関西学院の礼拝主事を兼務。
在任中は、関西学院の上ケ原移転時にあたり、関西学院の宗教教育の拠点となる宗教館の設立に尽力した。
関西学院教会は、上甲東園移転まで、宗教館2階で礼拝が行われた。

牧師退任後は関西学院高等商業学校教授に就任。
1940年、関西学院のミッションからの財政的独立に際して設けられた基本金募集と関西学院維持会組織化のための「参事」に専任として当たることとなる。
43年、在任中に急逝、学院葬が営まれた。

【参照】Ⅰ 403【文献】『関西学院教会80年史』2000