インド親善訪問旅行(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

インド親善訪問旅行

 1980年、中学部の礼拝において、アジア友の会の一員であった高等部教諭芝川又美が、インドの貧しい村では乾季に井戸が枯渇することが多く、そのような村々のために、科学的に水脈を割り出して深い井戸を掘る作業をアジア友の会が中心となって行っている、という話をした。
それを聞いた生徒たちから「アジア友の会に献金を送ろう」という声が起こり、その後高等部と合同で数年の間に井戸6基分の献金を送った。
その献金によって完成した井戸には、“Built in Cooperation with Kwansei Gakuin”というプレートがはめられている。

 1982年、高中部長であった小林宏がインドを表敬訪問した折、若い生徒たちにもインドの生活を体験させたいとの願いを持ったが、ときを同じくして、“Kwansei Gakuin”のプレートがはめられた井戸を見たい、という声が中学部生徒会から上がってきた。
そして、インド総領事館、関西学院大学に短期留学中のインド人学者、アジア友の会、インド航空に勤務している中学部卒業生、インド在住経験者など多くの人々の協力を得て、83年に第1回インド親善訪問旅行が実施されるに至った。
第1回の訪問団は生徒36名、引率教師4名、看護師1名であった。

 その後毎年親善訪問旅行は実施され、1986年にはニューデリーにあるモダンスクール・バサント・ビハール校(Modern School Vasant Vihar)と姉妹校提携を結び、87年からは、村々の訪問や観光中心であったプログラムに、同校生徒宅での週末ホームステイのプログラムも加わった。
また、93年から97年の訪問団は幸運にもマザー・テレサと面会することができた。

 2004年からは、バサント・ビハール校の生徒が日本を訪問するようになり、相互交流が可能になった。
同校生徒たちが中学部生徒宅にホームステイし、日本の生活を体験するプログラムとともに、当時のバサント・ビハール校校長の強い願いであった広島原爆資料館の訪問は毎年続いている。

 アメリカへの無差別テロ、SARS騒動、新型インフルエンザ騒動などで過去3回訪問旅行は中止されたが、2013年現在で訪問旅行は28回を数え、この交流でインドを訪問した中学部生徒は694名、また日本を訪問したインド人生徒は109名にのぼっている。