尹致昊(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

尹致昊

ユンチホ・Yun Chi-Ho

1865.1.16~1945.12.9

朝鮮の地方官吏、外交官、外務大臣代理。
朝鮮人最初のメソヂストの受洗者の一人で、キリスト教による教育の普及に大きく貢献し、YMCA副会長を務めた。

 1881年、韓国宮廷が派遣した「12紳士遊覧団」の留学生2名が慶應義塾に入学したものの、随員の尹は、中村敬宇の同人社に入学。
新任駐韓公使フートの通訳官として1883年に帰国。
84年の甲申事変の際、開化党一派と見なされていた尹は、身の危険を感じて日本を経て上海のアメリカ・南メソヂスト系専門学校中西書院へ入学し、J.W.ランバスから英語やキリスト教を学ぶ。
同書院の教師W.B.ボンネルやW.J.アレンの尽力でヴァンダビルト大学留学。

 吉岡美国は1890年8月に渡米し、ヴァンダビルト大学に留学。
92年卒業し、6月に帰国。
その留学時代に尹との交流を深め、信仰や宣教師の役割について議論。
帰国中のW.R.ランバスとも会う。

 尹は、朝鮮総督府が1910~11年に平安道のキリスト教民族主義者を弾圧するために捏造された百五人事件で逮捕された。
123名が起訴され尹ら105名が有罪となり、控訴。
尹ら5名が高裁判決で有罪となった。
植民時代の末期になって、皇民化政策に協力したいわゆる「親日家」となった。

【文献】宮田満雄「ランバス資料邦訳について―朝鮮関係資料について―」『キリスト教研究年報』(11)1983;『関西学院史記要』(7)2001