囲碁部(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

囲碁部

 1927年、囲碁同好会から文化総部の部として承認される。
52年、津山寿一郎の「関西リーグの1部に昇格して、活躍をしよう」との強い情熱のもとで同好者数名が集まり、練習場所として西宮北口の碁会所、甲東園の民家の座敷、関西学院短期大学前の屋根裏などを借りながら研鑚に励み、53年秋の2部リーグで1位となり1部に昇格した。
54年秋のリーグ戦で主将津山、松村良宏、阪本清士、前川計、弓場七雄のメンバーで常勝京都大学を破り優勝した。
1956年春(主将阪本、前川、弓場、米谷卓治、細田佳伸)、57年(主将前川、浜田守哉、林俊宏、北川庸司、中田和秀)、58年(主将浜田、林、北川、中田、瀬野尾吉弘)に関西リーグで優勝する。
57年から全国5ブロックの優勝校によるリーグ戦が始まり、57年、58年ともに全国2位となる。

 1957年に個人戦の全国大会が始まり、前川、浜田、中田、池田吉行らが関西代表となる。
74年に島田義邦が学生本因坊戦で準優勝、潮海二郎が88年の学生十傑戦、89年の学生名人戦で優勝、阪本寧生が2000年の学生十傑戦で優勝する。
関西学院からプロの棋士として石井邦生九段(日本棋院)、浜田守哉六段(関西棋院)、島田義邦五段(関西棋院)、マイヤー智洋フランシス(関西棋院)の4名を輩出している。

【文献】『上ケ原文化』1959