アメリカンフットボール部(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

アメリカンフットボール部

 関西では関西大学、同志社大学に続いて1941年に鎧球倶楽部として創部された。
以後、2012年度までに関西学生リーグで最多52度の優勝を果たし、甲子園ボウル(1947年第1回~2008年第63回までは東西大学王座決定戦、2009年第64回以降は全日本大学選手権)での優勝回数も最多の25度を数える。
1947年から76年にかけてはリーグ戦145連勝という金字塔を打ち立てた。

 米田満がヘッドコーチ・監督として率い、1953年から甲子園ボウル4連覇を果たしたその後、武田建がアメリカ留学によって得た戦術、用兵、チーム作り、対戦相手の分析など本場のシステムを導入し近代化を図った結果、66年から77年には同ボウル5連覇を含む8回の優勝で一時代を築いた。

 試合を通して最新の技術・戦術を知らしめるだけでなく、武田が入門書・技術書を著すなど、関西学院は本場アメリカのフットボールの配電盤の役割を果たした。
1996年からは関西地区を中心とした高校生対象のフットボールクリニックを、2003年からは小中学生を対象としたフットボール教室も開いている。

 2007年からは、社会貢献活動の一環として、中高年のための地域スポーツクラブとしてシニアのタッチフットボールクラブを結成した。
また、西宮市を中心とした兵庫県内の子供たちを対象としたタッチフットボールクラブも立ち上げた。

 また、国際交流も積極的に進め、2001年にはアメリカンフットボール発祥の地とされるプリンストン大学のチームを招聘して交流戦を行った。

 OBの古川明は、関西でのアメリカンフットボール隆盛の最大の功労者であり、日本アメリカンフットボール協会理事長も務めた。
なお、アメリカンフットボール部のニックネームは“FIGHTERS”である。

【文献】『Fight On, Kwansei 関西学院大学アメリカンフットボール部50年史』1991;『FIGHT ON, KWANSEI:誇り高き戦士たちの65年史』2006