志賀勝(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室       2014年9月28日 更新  ]

関西学院事典

志賀勝

しがまさる

1892.3.29~1955.8.1


志賀勝

志賀勝

文学部教授。
愛媛県宇和島市に生まれる。
1921年3月に関西学院高等学部文科英文学科を卒業。

アメリカ文学に生涯をささげ、幾度も病魔に襲われる中で発表した著書・翻訳書は30冊に及ぶ。
25年、関西学院高等商業学部講師に就任、26年、文学部教授。
最初の出版はユージン・オニイル『ダイナモ』(翻訳、1931)。
34年、旧制大学学部開設と同時に法文学部助教授となり、36年4月、『現代英米文学の研究』(1935)で日本の英文学界の栄誉ある岡倉賞を受賞。
37年、法文学部教授。
44年3月、戦時非常措置による関西学院機構改組により依願退職となり、大学予科と専門学校政経科で講師として教鞭をとった。
46年4月、関西学院大学文学部教授に復職。
6月から自宅で「アメリカ文学研究会」を主宰した。
48年、新制大学発足とともに文学部教授に就任。

1955年7月、「アメリカ文学の成長」を主論文として文学博士(関西学院大学)の学位を受けた。
同年11月、斯界をリードする『英語青年』(研究社)は「志賀勝教授追悼号」(第101巻第11号)を特集した。

【参照】Ⅰ 487;Ⅱ 111【文献】『志賀勝先生追悼論文集』1956;『人文論究』6(4)1955;『母校通信』(20)1958