小寺敬一(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室       2014年9月28日 更新  ]

関西学院事典

小寺敬一

こでらよしかず

1894.6.29~1951.9.16


小寺敬一

小寺敬一

高等商業学部教授。
美濃実業銀行の中心人物で、大日本紡績監査役小寺成蔵の長男。
1912年、第一神戸中学校を卒業し、高等学部商科第1期卒業生(16年)12名の一人。
その後アメリカ・インディアナ大学、コロンビア大学に留学。
19年、鐘淵紡績に入り営業部取引係に勤務するが辞職し、20年、関西学院高等学部教授に就任。
戦後の学制改革後は短期大学商科教授として経営学、貿易論あるいは商業英語を担当。
W.M.ヴォーリズ設計の六甲の自宅別荘にて現職のまま死去。

 1940年、J.J.ミックルJr.の後任として会計課長に、44年の組織改革による財務部発足時には初代財務部長に就任した。
また、大丸百貨店の監査役や神戸ゴルフ倶楽部理事も務めていた。
第10代院長小寺武四郎は甥にあたる。

【参照】Ⅰ 564,593;Ⅱ 55【文献】関西学院短期大学商科『論叢』(4)1951;『大垣共立銀行小史』1956;『ヴォーリズ六甲山荘物語』2012