田村徳治(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室       2014年9月28日 更新  ]

関西学院事典

田村徳治

たむらとくじ

1886.7.14~1958.11.25


田村徳治

田村徳治

法学部教授。
秋田県花輪町に生まれる。
東京高等師範学校英語科卒業後、京都帝国大学法科大学に入学、1916年に卒業。
行政法から独立した行政学の初代担当者として、20年、京都帝国大学法学部助教授に就任、新しい領域としての学問的基礎の確立に努めた。
欧米への巡歴留学を経て、24年、教授。
32年、いわゆる滝川事件に際して文部省の措置に抗議して同僚教授らとともに辞職した。
当時、大学昇格を目指して法文学部設置を計画していた関西学院は法学科の主要創設メンバーとして招聘した。
行政法・行政学の担当者として着任し、法学科の充実に尽力した。
40年に辞職、翌年、同志社大学法学部教授に就任し、戦後を迎えた。
51年11月、関西学院大学法学部教授に復帰し、法哲学・政治哲学を担当した。
58年3月、定年退職。

 日本における行政学の開拓者であり、新カント学派の方法論に立脚し、学問領域としての法律学、政治学の対象論を緻密かつ徹底的に考究した。
戦後は独自の歴史観を構築して日本や世界のあり方について独創的な見解を次々と大著にまとめた。
主要著作としては『哲学の一領域としての対象論の研究』(1922)、『行政学と法律学』(1925)、『法律体系論』(1952)、『社会史観』(1957)などがある。

【参照】Ⅰ 487;Ⅱ 132【文献】田村会編『田村徳治』1960;『関西学院大学法学部五十年史』2000