加藤秀次郎(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室       2014年9月28日 更新  ]

関西学院事典

加藤秀次郎

かとうひでじろう

1902.3.7~1977.8.29


加藤秀次郎

加藤秀次郎

第8代院長、理事長。
北海道函館に生まれる。
慶應義塾商工業学校卒業後渡米。
オハイオ州オベリン大学で英文学を専攻し、帰国後、1930年、関西学院高等商業学部に専任講師として赴任。
翌年教授。
47年に高等商業学部長に就任後、短期大学長、院長、高等部長、中学部長、理事長を歴任する。

 1958年から62年の高等部長時代には、高等部の教育の基本を「自覚に俟つ教育」に置き、生徒に対して自由を重んじながらも自覚、責任感を強く求め、また、教師に対しても「生徒に対する責任を求める態度は、同時にコントラクト(契約)がある。
だから忠実にこれを履行せねばならない」という姿勢を求めた。
その後、18年間中学部長を務めた矢内正一の後を受け、65年、中学部長に就任し、その教育理念をしっかりと引き継いだ。

 誠実なクリスチャンであると同時に、アメリカ仕込みのデモクラシーの筋がしっかりと通った人物であった。

【参照】Ⅱ 45,64,166,178,292,306,352,386【文献】加藤秀次郎『青芝』1967;『関西学院高中部百年史』1989