中島重(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室       2014年9月28日 更新  ]

関西学院事典

中島重

なかじましげる

1888.5.3~1946.5.29


中島重

中島重

関西学院文学部教授、旧制大学法文学部教授。
岡山県高梁に生まれる。
同志社組合教会系のキリスト教伝道圏である高梁教会で受洗した両親のもとで育てられた。
1910年、岡山の第六高等学校在学中に受洗した。
東京帝国大学法科大学在学中から海老名弾正の本郷教会に出席、キリスト教社会運動に関心を持ち、卒業後同志社で国家論、法理学、憲法などを講じる。
29年、労働者に福音を伝える日本労働者ミッションを設立、幹事長に就く。
同年、海老名同志社総長辞任と同時に同志社から関西学院に転じ、文学部教授に就任、アカデミックな学風作りに貢献した。
30年には社会的基督教運動発足とともに委員長に就任、社会的キリスト教を学生やキリスト教界に広める中心となり、機関誌『社会的基督教』を編集し、41年まで毎月発刊した。
しかし、学生キリスト教運動(SCM)を通じて関西学院に社会的キリスト教運動をもたらそうとしたが根付かなかった。
また中島の思想・運動は戦時色が強まる中で急速に力を失った。

1934年、大学法文学部設立に当たって教授に就任。
戦時教育非常措置の結果、依願退職。
戦後、同志社へ復帰を要請されたが間もなく死去した。
関西学院在任中に『マルキシズムに対する宗教の立場』(1930)、『社会的基督教の本質』(1937)、『発展する全体』(1939)、『国家原論』(1941)、『道徳・宗教と社会生活』(1943)などを著し、わが国における特異な思想家として評価が高い。

【参照】Ⅰ 486【文献】嶋田啓一郎「中島重の社会哲学と社会的基督教」『キリスト教社会問題研究』(5)1961;田畑忍「中島重博士の国家論」『キリスト教社会問題研究』(8)1963;井田昭子「中島重と関西学院:SCMと社会的キリスト教運動をめぐって」『キリスト教主義教育』(18)1990