ノーブル・スタボネス(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室       2014年9月28日 更新  ]

関西学院事典

ノーブル・スタボネス

NOBLE STUBBORNNESS


ノーブル・スタボネス

ノーブル・スタボネス

 “NOBLE STUBBORNNESS" はもともと1920年に生まれた硬式庭球部の標語である。
“stubborn" という言葉には、「頑固な」「強情な」という軽蔑的な意味と、「断固とした」「不屈の」「手ごわい」などの良い意味があり、ノーブル・スタボネスの標語は「高貴な粘り」「品位ある不屈の精神」「高尚なるねばり強さ」「気品の高い根性」などと訳されながら関西学院大学体育会全体のモットーとなっていった。

 神学部、普通学部に続いて専門学校令による高等学部が神戸・原田の森に開設されてから4年後の1916年7月7日、庭球部がすぐ西隣の官立神戸高等商業学校に初めて挑戦した。
当時はまだ軟式であったが、このころの神戸高商の庭球部は関西の最高水準にあった。
試合は神戸高商の圧勝に終わった。
この時を含めて4年後の20年6月までに関学庭球部は神戸高商に7回挑戦したが、全校挙げての応援も空しく、一度も勝つことができなかった。
主将の朝長正男は畑歓三庭球部長(高等学部教授)に依頼して、当時の関西学院庭球部に最も必要と思われる標語を考えてもらった。
それが “NOBLE STUBBORNNESS" であった。
この言葉を記した標識板がテニスコートのフェンスに高々と掲げられた。

 この標語は、畑がアメリカ留学中に日本対アメリカのテニス試合を見学し、日本の選手が勝ちを急いでミスを繰り返すのに対して、アメリカの選手が一球一球粘り強くボールを打ち返して試合に勝つ様子を見たことに由来する。
この言葉は、すでに17世紀イギリスの詩人J.ドライデン(J.Dryden)の “To my Honour'd Kinsman" などの詩にもあらわれている。

 1977年3月、総合体育館竣工の日、体育会と体育会OB倶楽部(現、体育会同窓倶楽部)は “NOBLE STUBBORNNESS" の記念碑を作り除幕式を行った。

【参照】Ⅰ 362【文献】James Kinsley(ed.), The Poems of JOHN DRYDEN, (v.1-4), The Clarendon Press, Oxford, 1958;朝長正男「庭球部の生い立ちとノーブル・スタボネスの由来」『関西学院庭球部70年史』1984;米田満「大正時代の関西学院庭球部抄史― “Noble Stubbornness" のスローガン―」『スポーツ科学・健康科学研究』(XIII)1995