青木倫太郎(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室       2014年9月28日 更新  ]

関西学院事典

青木倫太郎

あおきりんたろう

1902.2.26~1989.1.23


青木倫太郎

青木倫太郎

初代商学部長。
会計学専攻。
滋賀県栗東町に生まれる。
1924年、関西学院高等商業学部卒業後、アメリカに留学し、25年、南メソジスト大学商学部卒業、26年、ミシガン大学大学院経営研究科修了、27年、コロンビア大学大学院商学研究科卒業(成績優秀賞を受賞)。
28年、関西学院高等商業学部教授に就任、会計学を担当。
卓球部長も務めた。
34年、大学商経学部助教授、37年、同教授に昇任、51年、経済学部から分離独立した商学部の初代学部長に就任し、57年までの3期務める。
55年、商学博士。
60年、関西学院生活協同組合理事長。
62年、兵庫県教育功労賞受賞。
70年に退職、大阪学院大学商学部教授に就任。

1936年、『管理会計』を出版、これはこの名称を用いた日本最初の書物である。
37年、日本会計研究学会創立に参加、常務理事に就任、42年、商工省財務管理委員会委員。
63年、大阪簿記会計学協会理事長に就任し、社会・企業への簿記・会計学・原価計算の普及に貢献。
54年から68年まで税理士試験委員、公認会計士2次・特例・3次の試験委員。
一貫して会計学の教育・研究および職業会計人制度の発展に貢献し、関学会計学の基礎を築いた。

【参照】Ⅱ 135-149【文献】『商学論究』17(3)1970;『青門』(私家版)1965;『続青門』(私家版)1979