国連学生ボランティア活動日誌(2011年秋学期)

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[ 編集者:広報室       2012年2月23日 更新  ]

 関西学院大学は、アジアの大学では初めて、世界でも3校目に国連ボランティア計画(UNV)と協定を結び、情報格差、教育、環境、健康などの重要問題に取り組むために学生をボランティアとして途上国へ派遣しています。

2011年度秋学期は3人の学生が派遣されています。派遣者と業務は次のとおりとなっています。

○脇本 拓哉さん(総合政策学部3年生)
派遣国:サモア
活動内容:UNESCOサモアオフィスにてプログラムアシスタントとして活動しています。
○門 恭子さん(総合政策学部4年生)
派遣国:サモア
活動内容:UNDPサモアオフィスでプロジェクト運営、広報活動等に取り組みます。
○高橋 香名さん(経済学部4年生)
派遣国:フィジー
活動内容:UNDPフィジーで貧困問題に取り組むプロジェクト運営に携わります。

このページでは現地からの生の声をお届けします。

【サモアからの報告8(門)】活動を終えて

2月23日 門 恭子さん(総合政策学部4年生)

送別会の様子

送別会の様子

 いよいよ本日、日本に帰国いたします。長かったようであっという間だったサモアでの5ヶ月間を振り返って、最後に思うことを述べさせて頂きます。

 前回の記事でも述べたように、一番に思い浮かぶことは、やはり感謝です。たくさんの人の助けがなければ、何も乗り越えられず、ここまでやりきることは困難だったと思います。サモアで自分の傲慢さとかつ無力さに気付かされ、自分を見つめ直すことができました。同時に、改めて自信を持つこともできました。どんな環境においても適応でき、その場に全力で向き合う力は、私の長所であると思います。これから先どんなことがあっても、忍耐強く向き合うことで必ず乗り越えられると肯定的に考え、歩んでいける自信を持ち続けようと思います。

 “働く”ということに関しての考え方もかなり変わりました。就職活動をしていた当時の自分よりも、一層具体的で現実的な理解ができるようになりました。自分の知識の甘さ、職場によって変わる吸収すべき情報の多さ、何よりも仕事があることの有り難さ。仕事ができるということは、自分がそれを可能とするほど努力した証なのです。
特にUNDPでは、丁寧に教えてもらうことはできません。自分で探し、自分で学び、自分で最大限の成果を出す。このプロセスを身につけることができたことは、私にとって大きな力になると思います。そしてこれからも、全てのことから何かを学び続けて成長できればと考えています。

 最後にこの場を借りて、お世話になった皆さま、この貴重な経験を得るチャンスを下さった皆さま、今までの人生で私を支えて下さった全ての方に感謝を述べたいと思います。本当にありがとうございます。サモアに来て本当に良かったです。

【フィジーからの報告3】フィジーの村で考えたこと

2月20日 高橋香名さん(経済学部4年生)

同僚のご家族とともに

同僚のご家族とともに

 先週末、いつもフィジー語を教えてくれる同僚が、彼女の実家がある村に連れいってくださいました。首都スバにあるオフィスで四六時中パソコンに向かっている私にとって、この2日間は本当にとびきり貴重な時間となりました。

 市内からバスに揺られて3時間、目の前には、海と山が広がっていました。
 日曜の朝は、にわとりの鳴き声で目覚め、彼女の孫たち大勢と海に飛び込みました。見ず知らずの私に「Bula!」と屈託のない笑顔で寄ってくる村の子どもたちは、みんなひとつの大きな家族のようで、何でも”シェア”するこころを教えられたように思います。

 スイミングのあと、村のみんなでフィジー語で取り仕切られるメソジスト教会のミサへ。うとうとする私に、村の子どもたちはちらちら目配せ…。
 目の前の海から獲ってきたばかりの魚と、さっき山で刈ってきたキャッサバ(芋の一種)と枝のついたままのチリ(こちらの人は何にでもチリをつけて食べます)を、家族みんなで囲みながら食べました。そんな村の生活を見ていると、国際貿易が人々の生活を向上させる鍵になるのか、ふと疑問に思ってしまいます。
 しかし、ひとつ確かなのは、周辺太平洋諸国(特にパプアニューギニア)と比べてフィジーが安全なのは、砂糖や製粉など自国産業が育ち、輸出から国の経済に利益が落ちているから。国の経済が潤えば、政府が医療や福祉にお金を配分できるのです。
 私の携わっている”貿易政策援助プロジェクト” は厳密にはバヌアツ、キリバス、ツバルを対象とし、直接フィジーに関わっている訳ではありませんが、フィジーにきて今まで見えていなかったことが少しは見えるようになった気がしました。

【サモアからの報告7(門)】達成感と感謝

2月16日 門 恭子さん(総合政策学部4年生)

プレゼンの様子

プレゼンの様子

 先日、UNDP全体ミーティングにて、スタッフ全員の前でプレゼンテーションを行いました。内容は、昨年11月末にUNDPによって行われたワークショップの効果とそのワークショップ参加者であるプロジェクトコーディネーターの職務満足度についてです。プロジェクトコーディネーターとは、UNDPが運営するプロジェクトごとに採用され、太平洋の島々に散らばり担当のプロジェクトを日々実際に運営しているUNDPの職員のことで、私の働くオフィスが彼らを総轄しています。

 このワークショップは、効率的なプロジェクト運営のために、彼らのスキルと知識の向上、そして相互のより円滑な関係構築を目的として実施されました。この機会を好機として、彼らを対象に2つの調査を実施しました。
 その調査が、ワークショップの効果を図る調査と、彼らの職務満足度の調査です。
 私は大学で国際発展政策以外にも統計を学び、人材育成や人的資源管理にも関心をもって学んできました。その4年間の集大成としてここサモアをフィールドとした統計調査を行うことを派遣前からの目標にしていました。

 この調査を行うに至るまでの過程には多くの困難がありました。日々の業務をこなしながら勤務外に企画書を作成し、何度も上司に相談・提案し、何度も練り直し書き直しました。英語での企画書・論文・調査票の書き方、組織内のしがらみや交渉の仕方など初めてぶつかる壁に頭を悩ませながら、一つ一つに向き合って乗り越えて来ました。初めは反対されることもありましたが、UNDPにとってのメリットを組み込ませ、謙虚にでも熱意をもって訴え続けたことで調査を実現できるようになりました。

 結果、多くの同僚から高い評価を受け、UNDPに対して意義のある提案をすることができました。何ものにも代え難い達成感と喜びを感じると同時に、全てを振り返って感じるのは深い感謝です。

 私が壁に突き当たる度に、インターン仲間や同僚、その他多くの日本やサモアにいる人に支えられ、助けられました。研究内容、交渉方法、統計知識、英語、プレゼンスキルなどに手を貸して頂いたおかげで改善・進展したものは数えきれません。この感謝を決して忘れることなく、残りわずか1週間となったサモアでの生活を有意義なものにできればと考えています。

【サモアからの報告6(脇本)】仕事について

1月31日 脇本拓哉(総合政策学部3年生)

仕事仲間と

仕事仲間と

 今投稿がサモアからの最後のご報告となりました。貴重な4ヶ月の締めくくりとして、僭越ながら働くということに対する意見と感想を述べさせていただきます。
 サモアでの経験から働くというのは、業務のやりがい(motivation)と自分にできること(capacity)を上手く噛み合わせて仕事を「見つけていく」ことなのではないかと考えるようになりました。
 私の仕事は資料を読んで研究して報告/提案をすることばかりでした。末端の業務は活字を読むばかりで、大変根気がいりました。しかし、10年20年後にこの経験が生きてくると考えると自ずと「これは訓練」だと思え日々仕事に励む事が出来ました。
 一方で今の自分にできることを考える事も重要でした。なぜこの仕事が与えられるのかを考えるより、なぜ自分にはこの仕事ができるのかと考えるようにする。そうすることで自分と他の職員の業務や時間も含めた能力を理解する事ができるようになり、仕事に「優先順位」をつけられるようになりました。
 優先順位がつくと「なにが必要なのか」を見つける事が出来るようになります。「私にはA業務がまかされている。私に期待されている成果はa,b,cで、今できることはe,f,gである。hとiはできない/足りないからj,k,lという提案をしなくてはならないし、そのためにはmとnの仕事もつくり実行しなくてはならない。仕事は増え大変だが、将来を考えると良い勉強になるから頑張ろう。」  
 業務を好き嫌いではなく、意欲的になれるように頭を捻る。仕事は追われるものではなく追うものである。私はこのように考え続ける事で仕事を楽しんでいました。
 最後になりましたが、北島さんやUNSV関係者の方々、私を支えてくださった全ての方にこの場を借りて心より感謝申し上げます。

【サモアからの報告6(門)】サモアでの視察

1月25日 門 恭子さん(総合政策学部4年生)

サモアでの視察

サモアでの視察

 サモアの4つの村への視察を1月24日に行ってきました。目的は、UNDPによって配布された水のタンクの現状調査と更なるニーズの調査です。
 水タンクは、ERプロジェクトという津波被害からの早期復興を目指すUNDPの環境部署のプロジェクトによって、津波の被害に遭った村の家庭に贈られたものです。プロジェクトの協力者であるサモアの赤十字の方々と車で一時間以上も揺られ、村々を巡り、1日かけて合計9家庭を訪問しました。書類上で値段や数しか知らなかった水タンクに、様々な工夫があることを知りました。

 まず、この水タンクは、家の屋根に設置された雨どいから雨水をタンクに溜め込むよう設計されており、持続的に水を溜め、利用することができます。ゴミが混ざらないように特殊な排水口も付けられ、その排水口を開けることによってタンクが満杯になったときに他の容器に水を溜めることもできます。何よりもプロジェクトとして成功していると感じたのは、セメントでのタンクの土台づくりを家庭ごとの責任とし、タンクの設置にも参加させているところです。受け取る側の家庭がプロジェクトの一端を担うことで、協力的で深くプロジェクトの目的を理解し感謝していました。彼ら自身がタンクを持続的に利用しようと心がけ、修理や改良の仕方も心得ていました。家庭ごとにタンクの使い方をシャワーにしたり、屋根を作ってタンクを冷たくしたりと応用している様子が印象的でした。

 日々の業務で現場が見えづらい私にとって、このような視察の機会を得れたことは、プロジェクトを広い視野で理解することに繋がり、とても有意義な経験になりました。

【フィジーからの報告2】フィジーの若者とボランティア

1月21日 高橋香名さん(経済学部4年生)

UNDPプログラムスタッフミーティングにて

UNDPプログラムスタッフミーティングにて

 バタバタと12月が過ぎ、派遣期間も残り1ヶ月半となってしまいました。ホリデーシーズンは同僚とXmasパーティーを楽しんだり、教会や旧首都のレブカがある離島に連れて行っていただいたりと、フィジーの暮らしを満喫しました。そしてこのシーズンは学校が休みなので、大量の若者が街に溢れて異様な雰囲気を醸し出していました!…という訳で、今日はフィジーの若者について書いてみたいと思います。

 フィジーには、”南太平洋大学"という、太平洋諸国に多数のキャンパスを有する高等機関の中心拠点があります。科学・環境・海洋・法・経済・教育など、80万人の学生を抱える、太平洋の核となる人材育成/研究機関です。UNにもこの大学を卒業したスタッフがたくさん働いています。しかし日本と同様、近年大学を卒業しても職を見つけられない若者が増えているそうです。それに伴って、暴動や強盗が増えたり、道端でたむろする集団が出没し、首都スバの夜は日中からがらっと表情を変えます。地元のNGOや教会の若者支部組織など多数あるものの、人口増加に対して、若者が声を発して社会的行動を起こす機会がまだまだ足りない、とローカルスタッフから聞きました。

 この問題をどうにかしようと、政府や援助機関も動いています。12月、太平洋諸国の労働省が集う会議にUNSVとして参加させていただいたときも、各国必要な技術を持つ人材を交換する、”労働者移動協定”の協議が行われていました。そこで私の上司は、ボランティアスキームを構築してはどうかと提案しました。正規雇用がすぐには得られなくても、ボランティアとして経験を積み技術を磨いて、将来に備えるためと。すでにフィジー政府は、ボランティア政策とそれを管轄する組織を立ち上げ、動き出そうとしています。フィジーの青年にとっても、そして日本人の私達にとっても、”ボランティア”は限られた知識でアクションを起こせる貴重な機会なんだと、今肌で実感しています。

【サモアからの報告5(門)】サバイイ旅行

1月9日 門 恭子さん(総合政策学部4年生)

サバイイ島

サバイイ島

 新年、明けましておめでとうございます。皆様にとって2012年が素敵な年となりますよう、サモアからお祈りしております。

 今回は時を少し遡り、昨年末にサバイイ島へ小旅行に行ったことについてお話ししようと思います。サモア独立国は、ウポル島とサバイイ島という大きな2つの島と他の小さな島で構成されています。私が日々暮らしている首都アピアはウポル島にあり、アピアより1世紀前の文明生活が行われる美しい島といわれるサバイイ島には以前から行ってみたいと思っていました。早朝のフェリーに乗り船酔いに悩まされながらサバイイ島に到着してみると、きちんと整備された様子で、しかし確かに喧騒や街らしき街はなく村が点在する静かな島でした。

 道は正しいのか不安になりながら地図に説明もなく載せられた観光スポットを巡るのは、まるで冒険のようで味わい深いものでした。特に小さな滝が流れる自然のプールで泳いだ時は、心からリラックスすることができました。
 
 タクシーの運転手との会話を通して価値観の違いを感じた事もありました。数年前のサモアの津波に関して運転手が「あそこ(津波を受けた地域)は、ホテルばかりの観光地帯だ。彼らは日曜日の意味を知らない。だから神からの報いとして津波にあったんだ。」といい、これはサバイイでは有名な説だと説明しました。日曜は教会に行くべきとの宗教的習慣は理解できますが、津波を受けた理由が報いだとする考えは受け入れがたいものでした。日本で、津波にあった人々に対してそれはその地域の人への報いだなんて誰が言えるでしょうか。派遣前、頻繁に被災地の人々との交流があった私は胸が痛くなりました。

 世界には多様な価値観があり、感じることは人によって様々で、認め合っていかなければならない。プロジェクトを行う時も生活をしていく上でも、こういったことをきちんと受け入れ考慮すべきであることを気付かされました。

【サモアからの報告5(脇本)】最後の仕事

1月6日 脇本拓哉(総合政策学部3年生)

サモアの初日の出

サモアの初日の出

 明けましておめでとうございます。サモアは12月30日をカレンダーから飛ばし、世界で一番早く2012年を迎えました。元日の朝に島の最東端まで赴き初日の出を拝みに行きました。とても趣のある風景でした。2012年は私の最後の大学時代であり、(願わくば)就職も決まり、故郷を離れて新しい人生をスタートさせるための決断の年です。そんな激動の1年が始まったにも拘らず、UNESCOで静かに業務を再開しました。
 年初めのUNESCOはスタッフの半数以上が1月中旬まで休暇をとっており、閑散としています。そんな中、残されたスタッフに与えられた業務は図書館の清掃でした。
 オフィスの一階に小さな部屋があり、そこを長年図書館として書籍を保管していました。しかし実状は誰も利用していない汚い書庫でした。予算の都合上、この1月にできることはこの書庫の清掃しかないと、図書館をリニューアルする決心をしました。
 冷房も無く湿度が高い書庫にたまった書類たちにはカビやホコリが散在し、もはや悪臭すらしていました。私たちはまず大量にたまった過去の資料、会計記録からUNのレポートなど、古いものから処分し、寄付できそうなものは別にまとめることにしました。SUNGOで働く関学生の岡田君にも協力を頼み、毎朝2時間かけ少しずつ復活のために日々格闘しています。現在私も休暇をとっているので、この清掃ボランティアが年明け2週間の業務となっています。1日の清掃活動が終わった後はマクドナルドに拠点を移し、インターネットのある場所で進級論文の執筆や就職活動などを行っています。こんな日々を過ごしながら、最後の2週間で私の業務を仕上げるための心の準備をしている次第です。

【サモアからの報告4(門)】仕事上のトラブル

12月17日 門 恭子さん(総合政策学部4年生)

イベントにて作業にあたる

イベントにて作業にあたる

 UNV(国連ボランティア)としての大きなイベントが12月3日(土)にありました。年に一度のIVD(International Volunteer Day、国際ボランティアデ―)のイベントであり、同時に今年はIYV+10(International Year of Volunteer、国際ボランティア年10周年)でもあるため、盛大なお祝いが開催されました。
 日ごろからボランティア活動をしている多くの方々に感謝を表すために、ボランティアの方をバスに乗せ、都市部から島の反対側へ行き、2年前津波があったエリアで感謝状の授与などが行われました。
 私の仕事の一つとして、当日のバスのコーディネートをする予定だったのですが、ちょっとしたハプニングが起こりました。いくら待っても迎えのバスが来ないのです。バス会社側は、こちらがきちんと予約したにも関わらず、最終確認を行っていなかったと主張し、結局1時間以上遅れて来ました。それだけでなく、予定と異なる道を遠回りし始めたのです。どれだけ元の道に戻るよう伝えても、伝わらず、バスに乗っていたサモア人ボランティアに通訳してもらっても、一番近い道なのだと言って聞かず、結局本来のルートに戻ることはできませんでした。参加者のなかには、遠回りしていることに怒りを表す人もおり、その人々への謝罪対応に追われることとなりました。
 イベント全体としては成功し、みんな満足した様子で帰っていきましたが、今回のことで、英語も通じない相手に対して、いかに他の人を巻き込んでコミュニケーションを取るべきかが大切であることを学びました。次回同じようなことがもしあれば、通じずとも丁寧に、そして決して怯まずに、相手に意見を受け入れてもらえるよう努力したいです。

【サモアからの報告4(脇本)】私の仕事

12月14日 脇本拓哉(総合政策学部3年生)

スタッフと

スタッフと

 私の業務の一つにパプアニューギニアのUNDAF資料作成があります。国の大きさとそれに伴う問題の多さにより、Pacific Multi-country UNDAF(地域版)とは別にPapua New Guinea UNDAF(一国版、以下PNG UNDAF)という個別のUNDAFが用意されます。PNG UNDAFは2012年から新たに4年間の開発目標(UNDAF2012-2015)が執行されます。Pacific Multi-country UNDAFより1年早く刷新されるため、UNESCO Apiaも必死にこのPNG UNDAFにインプットをする努力をしています。
 
 先日UNESCOのスタッフがPNGで行われたPNG UNDAF会議に出席し、UNESCOのインプットをしてきました。私はこのスタッフが会議で提案する資料(表)を作成する事で少しばかり貢献しました。しかし私の成果物は度重なるコンサルの結果できたもので、自分で作り上げたとは言いがたいものでした。
 このスタッフは事務所に帰ってくると私に新たな仕事を依頼しました。近々オーストラリアの援助機関(AusAID)とPNG UNDAFのコンサルが行われます。この会議で「UNESCOがAusAIDの開発目標のどのポイントに食い込めるか」を提案する事で、AusAIDのファンドにありつけるかもしれない。そのためにUNESCOのインップットを作成してほしいという事でした。私はAusAIDの開発目標を研究し、UNESCO ApiaのPNGにおける活動と一般的に行っている業務を考察し、上司に提案しました。そのとき返ってきたのが“I agree with you”。この言葉を聞くまでに3ヶ月かかりました。結果、何の修正も無く私の成果物が公式会議で利用されました。とても小さな貢献ではありましたが、私が務めてきた作業と学習は、決して間違ってはいなかったと証明されたようで、心からの達成感を感じました。

【サモアからの報告3(脇本)】パレスチナのユネスコ加盟

12月2日 脇本拓哉(総合政策学部3年生)

現地にて

現地にて

 UNESCOは第36回総会で、パレスチナを正式加盟国としました。パレスチナは、国際社会に国家としてみてもらうために、国連正式加盟を目指していますが、アメリカなどの反対により、議論が膠着しています。そこでパレスチナが打った手がUNESCOへの加盟です。この総会でパレスチナの正式加盟が賛成多数で可決されました。これによりオブザーバーだったパレスチナが、 195番目の「加盟国」としてUNESCOに加わることが決まり、7月に独立したばかりの南スーダンに続く新メンバーとなりました。
 今回このテーマを書かせていただいたのは、単なる時事問題の紹介ではありません。この採決は遠いサモアにも大きな影響を与えているからなのです。アメリカは、パレスチナ解放機構(PLO)に正式な加盟資格を与える国連機関への資金の拠出を禁じています。そのためUNESCO年間予算の約22%の約8000万ドル(約62億円)が滞ってしまいました。突如として2011年11・12月の予算が縮小されてしまったのです。UNESCOの予算は2年間で計画されており、今年が最後の年です。そのため来年からは新しい予算がおりるはずです。しかしながら、実際どのような予算編成になるのかは検討もついていないというのが実情です。予算が決まらないため、サモアのオフィスでは今年で契約が切れる正規社員の契約更新ができず、ScienceとCommunication Informationの2つのセクターが空席なる可能性が高くなりました。続ける意欲のある職員をかばうことのできない現状に、Directorも頭を悩ましています。各国の政治の軋轢で途上国へのサポートが停滞してしまうことは実に悲しいことです。

【サモアからの報告3(門)】分岐点

12月1日 門 恭子さん(総合政策学部4年生)

UNDPのワークショップでの様子

UNDPのワークショップでの様子

 2か月が経ち、現在の私の仕事は、大きく分けて3つあります。UNV(国連ボランティア)のイベントのお手伝いとUNDP(国連開発計画)のワークショップ運営、様々な見積書の準備です。大きなイベントが連続して行われるため、残業も多く、忙しい毎日を過ごしています。しかし同時に、デザインしたTシャツやポスターなど、以前から準備していたものが次々と形になり始め、多くの仕事を任されている充実感を感じています。

 この記事を書くにあたって、当初の自分と今の自分の分岐点はいつだったのか思い巡らしていました。専門的な会議を理解できず、そのため発言もできず、仕事らしい仕事もできない現実を目の前にして、自分の不甲斐なさに歯痒さを感じる日々。良い方向に流れが変化したのは、たった一言がきっかけでした。働き始めて一カ月少し、日々の業務を通して信頼関係を築き、会議も多少理解できるようになった頃のことです。いつもと同じように、もの凄いスピードで進む会議が終わろうとしていました。その会議の後半、サモアにおいてUNDPの知名度が低いことが問題として挙げられ、何か対策を打ちたいが、人手が足りず、具体的な話に進まないまま終わろうとしていました。自分の理解に自信はなかったけれど、もし私の理解が正しいのであれば、広報対策の発案やデザインで貢献できるのではないかと考え、手伝わせてほしいと発言しました。それが私が会議において初めて発言した瞬間でした。どのポイントについて、どういった貢献ができ、具体的にはどんなスキルと実績を持っているかを、できる限り的確に伝えました。

 すごく緊張しましたが、この発言をきっかけに多くの仕事を任されるようになり、上司にも認められるようになりました。「できます、仕事をさせて下さい」この一言の大切さを学んだように思います。

【フィジーからの報告1】私の仕事

11月28日 高橋香名さん(経済学部4年生)

現地の子供たちと

現地の子供たちと

 はじめまして。私は10月からUNDPフィジー事務所に派遣され、Poverty Teamの4人目として仕事をさせて頂いています。前任の玉井さんから、事前に住居や同僚のことまで色々と教えてもらっていたおかげで、現地スタッフに早々にも親しみを感じながら元気に働いています。

 UNDPフィジー事務所は、南太平洋の10か国を管轄しており、主に私はPoverty Teamの仕事のうち、バヌアツ・ツバル・キリバスの貿易プロジェクトに携わっています。貧困層に国際貿易の恩恵が行き渡るよう、公正な貿易政策や民間のビジネスチャンスを拡げるための政府支援が主な内容です。未熟ながら学部で勉強した超基本的な貿易理論を引っ張り出し苦戦する私に、上司は貿易によって何が現地の人々のためになるのか、例えば医薬品を輸入することができれば病気で苦しむ人が減るかもしれないし、良質な牛肉を輸出できれば職を得る人が増える、などと諭すように教えてくださいます。

 今現在の課題は、3か国の経済指標のデータベース構築、貿易によって人々の暮らしがどう変化したかを分析してストーリーを描くことなどです。現地に足を運んだことがないため、本当にこれでいいのか疑問を持つことをいつも忘れず、新入りというステータスを生かして、上司やJICAボランティアに体験談を聞いたり写真を見たりと、出来るだけ人々の暮らしに沿ったサポートをするよう心掛けたいと思います。

【サモアからの報告2(脇本)】One UN

11月16日 脇本拓哉(総合政策学部3年生)

仕事仲間と

仕事仲間と

 サモアでの生活も1ヶ月が過ぎ、UNESCOのフィールドオフィスがどのような組織なのか把握してきました。私自信の業務も、何が期待され、何が困難なのかようやく理解してきました。
 国連はDelivering as Oneというものを宣言しており、各援助機関がひとつとなって活動することを目指しています。各々の機関がそれぞれの活動することによって、活動の重複やコスト面で非生産性が問題となっていました。これを打破するために、以前紹介したUNDAFがつくられました。 
 UNESCOがUNDAFに沿い、One UNに貢献するためには、まずUNESCOが1つになる必要があります。しかしながら、これは意外と難しいことなのです。UNESCOという一機関とはいえ、各専門家が各活動を行っているため、そこにシナジー効果はなかなか生まれませんし、日々の業務(特に出張)が忙しくてコミュニケーションが取りにくいという問題があります。
 私の業務は、このような問題が根本的に内在する部分での貢献です。まず、UNESCO Apiaの各セクターの活動を把握します。次に各セクターの現状と今後の展望を確認し、ひとつに集約します。そしてそれを新しく作成中のUNDAFと更新が必要とされるUCPD(前述)に反映させます。この成果物が、UNESCOの諸活動の連携強化を超え、第3者からみても容易にUNESCOの活動を認識することに寄与します。「One UN」が私のタスクのテーマです。

【サモアからの報告2(門)】新しい仲間

11月11日 門 恭子さん(総合政策学部4年生)

新しい仲間と

新しい仲間と

 最近、新しい仲間が3人増えました。トシーという現地大学からのサモア人インターンと、シップとデルフィンというフランス人インターンの2人です。
 活動を始めた当初からお世話になっている直属の上司でスペイン人のマルタとサモア人のイベット、サモア人のロザイナも増え、3人だけだった環境ユニットも賑やかになり、多様性に溢れています。
 新しいメンバー3人の管理など、仕事量は日に日に増しています。先輩として働くことは大変ですが、日々の努力が、認められ出していることを実感し、嬉しく思っています。就職活動中に出会った社会人の方の『仕事の対価は次の仕事だ。』という言葉を、身をもって体感し、来春から社会に出て働く自分のイメージをゆっくりですがはっきりと形成できてきたように思います。
 さて、話を少し戻して、今の私のオフィスは、常にフランス語が飛び交い、トシーがノリノリでアップテンポな音楽をかけながら、スパルタ的に私にサモア語を教え、マルタが私のスペイン語能力向上のためにスペイン語で話しかけてくるという、大変グローバルな環境にあります。ついでに言ってしまうと、シップとデルフィンはカップルで、トシーは20歳のシングルマザーです。価値観が違って、話を聞けば聞くほど面白く、心から楽しい毎日を過ごしています。今まで自分がいかに他のインターンたちに支えられ、先輩としても友達としても助けてもらっていたかを思い返し、改めて感謝するとともに、今度は自分が周りを支える番だと考えています。

【サモアからの報告1(門)】サモアでの生活

10月20日 門 恭子さん(総合政策学部4年生)

レセプションにてUNDPサモアの人々と

レセプションにてUNDPサモアの人々と

 サモアでの生活も、4週目に入りました。最初は、初めての国で、一人暮らしをしながら働くことに不安も大きかったですが、多くの温かい人に支えられて、日々頑張っています。
 私が配属されたのは、UNDP Samoa Multi Country Officeの環境・気候変動・災害に関わる部署です。ここでは複数の専門的なプロジェクトを同時に動かしており、人手が足りない状況にあります。そんなオフィスに、環境に関する知識もなく、業務内容も分からず飛び込んだ私がまず始めにしたことは、膨大な量の資料に目を通すことでした。そうして少しずつ理解を深め、今はPACCという気候変動への適応を目的としたプロジェクトに関わり、月末のモニタリングと評価に向けて、資料の収集と整理にあたっています。
 その他にも、UNとサモアの政府が中心となって行ったUNDAFの会議やセミナーに出席したり、International Year of Volunteers 10th Anniversary 2011のイベントに向けたTシャツのデザインをしたりと、この短期間で数多くの経験をさせて頂いています。
 具体的に気をつけていることは、当たり前ですが、いかに相手の時間を割かずに仕事を進めるかです。私の仕事場はチームで動いており、大変忙しい部署です。頼まれたことをできる限り早くこなすことはもちろん、分からないことを聞く時、何か意見や了承が必要な時などは、なるべくその後どんな流れになるか予想して、予め尋ねる順番とその資料を用意し、短時間にまとめて聞くようにしています。こういった行動が次の仕事をもらえるきっかけへと繋がると考えています。

【サモアからの報告1(脇本)】ユネスコでの活動が始まりました

10月15日 脇本拓哉(総合政策学部3年生)

オフィスの様子

オフィスの様子

 この9月末からUNESCO Office in Apia (サモア)で仕事をしている総合政策学部3年生の脇本拓哉です。私にあたえられた業務は、UNESCO in Apiaが独自で作成する南太平洋各国に対する開発計画UNESCO Country Programme Document (以下UCPD)の洗練と熟成に貢献することが主となっています。具体的には、国連が作成する開発目標United Nations Development Assistance Framework (以下UNDAF)と南太平洋各国政府の開発計画とUCPDとを相関させながら、UNESCO in Apiaが各国にどのような貢献をできるかを探り、提案し、UCPDをより良いものにすることを目指します。
 このタスクの難しいところは各国政府の目標、国連全体が掲げる目標、UNESCO in Apiaの掲げる目標、過去と現在の成果と課題、他の機関・団体と恊働できるかなどを考慮に入れ、実現可能かつ効率的で効果的なアプローチを模索しなくてはならないことです。各国・各団体のバッググラウンドもさることながら、専門家たちの経験も私の頭に詰め込まないといけません。
 私の成果にもっとも重要なのは、これら膨大な情報の整理であると考え、デスクの環境を整え、視覚からクリアになるように努めています。たとえば資料に色やペンで印を付けたり、壁に重要項目を貼ったりするなどです。このような試行錯誤を通じ、少しでもUNESCOに、周りの職員に、そしてなにより現地の人々に貢献できるように邁進する限りです。