園長から「植物だより」(2015年3月)

*せいわようちえん植物だより*「子どもと自然」(最終号)

~子どもと自然~

 この4年間毎月、「子どもと植物」をテーマにお便りを発行させていただきました。今号は、最終号としてさらに大きく「子どもと自然」をテーマに書かせていただきました。愛情基盤の子育て・教育の中、幼少期は豊かな自然体験をすることで「生きる力」の源泉を育みます。以下、ご参考になれば幸いです。
                                    関西学院 聖和幼稚園園長 出原 大


◆なぜ自然の中で?
~自然環境で元気に遊び、心も体も健康に~
自然は、子どもの健全な成長や発達に欠かすことのできないものです。人間は自然の一員として自然と共存してきた長い歴史があり、自然環境の中で心身が落ち着くことはごく自然なのです。だから、子どもたちは、自然環境が豊かな空間に入ると、自ら体を動かして遊びだします。そして、緑を見て、森の香りを感じて心を安定させます。これが、健康な心身を育む子ども本来の姿です。
 今、自然の中での遊びが本当に少なくなった子どもたちのために、私たち大人は、思いきり自然環境にふれて遊ぶ機会と場所を与えてあげるべきでしょう。

→子どもたちは、外に出ると自然と体を動かしていきいきと遊び始めます。そして、遊び疲れるとほっこりと木陰などに入って静的な遊びをしている姿など、よく目にする光景です。これは、まさに人が森を棲みかとしてきた遺伝質によっての行動なのです。
 子どもたちは、遺伝質のレベルで、外で遊ぶことを欲しています。心身の健康のために外で満足いくまで遊ばせてあげたいものです。そして、緑を見て、ふれて、香り(※フィトンチッドを浴びる)を感じてと、五感を通して精神の恒常性を保つ体験・森林浴をたっぷりさせてあげてください。このことが、外で遊ぶことの重要な要素です。
※フィトンチッド(英phytoncide)とは、もともとギリシャ語の“phyto”「植物」と“cide”「殺す」に由来しており、植物から放散される物質が植物を攻撃する微生物、細菌、昆虫などを殺す働きを指す造語である。このフィトンチッドは、1928年に旧ソ連のボリス・ペトロビッチ・トーキン(Boris Petrovich Tokin)によって発見され、当初は、スギ、ヒノキなどの針葉樹系から放散される植物性揮発油成分のα-ピネンが植物の自己防衛をするとともに、人間にも精神の安定に繋がる効果をもたらすという定義であった。しかし、神山、トーキン(1980)によると「すべての植物が産生する揮発性および非揮発性物質で、他の生物に影響を与えるもの」とその定義が広がっており、現在ではフィトンチッドの定義もより広義な意味で使われるようになっている。

◆自然の中で心を動かす
~自然への興味・関心が広がり、豊かな感性が育まれる~
 幼少期は、人生で一番心の動く時期。だから、心を大いに揺さぶってくれる自然体験がとても重要になってくるのです。これは、単に自然の知識を得るということだけでなく、五感を通して「わあ、きれいだな」「いいにおいがする」「おもしろい音だな」「ごつごつしているな」「おいしいよ」といった様々な感覚を体験することが大切なのです。子どもたちは、実際にふれる中で、自然の変化を感じ、自然と遊び、心が動かされていきます。これが、自然に対する興味・関心につながり、豊かな感性が育まれていくのです。
 さあ、私たち子どもの周りにいる大人たちも、共に心を動かして自然に目を向けて共鳴していきましょう。

→五感を複合化した体験が!
絵具(ポスターカラー)の色水遊びだと、色が違っても同じ香りがします。ところが、植物を使っての色水遊びは、植物の種類によってつぶした時の香りが違ったり、感触も種類によって違います。だからこそ、幼少期の五感が鋭敏な時期に自然物・植物を使っての色水遊びをさせてあげたいのです。
→オナモミのひっつきむし!
くっつく種・ひっつきむしの愛称で子どもたちに親しまれてきたオナモミも、子どもたちがふれなくなり、遊びに使わなくなったことで絶滅危惧種になりました。自然・植物にふれなくなった証がこのような状態を招いています。これでいいですか?
→ススキで手を切る経験
皆さんは、ススキで手を切った経験がありますか?幼少期にススキで遊び、手を切った経験のある人は、大人になった今、ススキを、手を切らずにふれる、ふれ方が身についています。ところが、幼少期にこのような触覚を使っての小さな失敗をしていない人は、大人になってもこの小さな危険回避能力が身についていません。触覚においても幼少期にいろいろな体験をさせてあげたいものです。
→くさい実を見つけて!
子どもたちって匂いの強い木の実・葉っぱなどを見つけると「くさいくさい!」と喜んで持ってきたりしませんか?まさに嗅覚・五感が鋭敏な時期にこのような行動をします。嗅覚で得られた情報は、長期記憶に残ります。だから、幼少期に嗅いだキンモクセイの香りは一生涯記憶され、四季を感じる豊かな感性となるのです。
今の子どもたちは、DVD視聴やデジタルゲームの普及によって視覚・聴覚に偏った経験が多くなっています。しかし、本来この五感が鋭敏な時期には、五感をバランスよく複合化させた経験をすることが大事です。くさい実やくさい葉っぱでままごとなんて、この時期でないと楽しめない経験でしょうね。大いにさせてあげてください。

◆生命の尊さに気づく
~動植物とのふれあいによって、生命の尊さに気づく~
 生き物の飼育や植物の栽培を通してさまざまな自然物にふれることは、多くの命にふれるということです。子どもたちは、これらの経験から、育てている生き物をいとおしく思うようになります。そして、時に生き物の死に直面したり、収穫した野菜を食することから命を得ることを感じたり、命への直接・間接的なかかわりを体験します。これがまた、人間同士、相手のことを考え、思い、愛する心をはぐくむことにもなるのでしょう。
 命の尊さを知るには、実際の命ある生き物とのふれあい、かかわりが重要です。そのためにも、私たち大人が共に優しく動植物の世話をして、つねにまなざしを注ぐ姿勢を子どもたちに見せることが大事なのです。

→命にふれる経験
虫や草花にいつでもふれられる経験をさせてあげてください。子どもたちは、飼育していた虫が卵を産んだり、死んでしまったりすることを見て命の繋がりを知ります。また、四季折々新芽が出て、葉が育ち、紅葉し、落葉する植物の一年を目にしていくことも命を感じる大切な経験になります。
→自然の美しさを言葉にして!
紅葉狩りに子どもたちを、連れていくと全然紅葉を鑑賞しないで、石ころを拾って遊んでいたり、楽しそうにしていないなんてことを経験されたことはありませんか?子どもたちは、遊びに繋がらない経験は、なかなか興味・関心を持ちません。だからといって、子どもたちが四季折々の美しい自然にふれる必要はないのでしょうか?じつは、子どもたちがその場で興味を示していなくとも、周りの大人(保護者・先生)が「きれいね」「うつくしいね」と感動している姿を見せてあげるべきなのです。ここで、子どもたちは、自分たちが大好きな周りの大人が感動している姿を目にして、その感動の言葉・心を自分の中に取り込んで(文化として)いきます。これも、一つの命を継承する大切な教育です。
 

(植物大好き園長:いずはら だい)