関西学院は創立125周年を迎えました。

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関西学院創立70周年 ベーツ院長記念講演

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[ 編集者:総合企画部   2013年7月11日 更新  ]

 
関西学院の経営にカナダ・メソヂスト教会が加わったのが今から100年前の1910年。それに伴い、スクールモットー“Mastery for Service”の提唱者として知られるC.J.L.ベーツ(第4代院長)がカナダ・メソヂスト教会の宣教師として関西学院に赴任しました。
1959年、82歳のベーツ院長は関西学院創立70周年記念式展に参列するため、19年ぶりに来日しました。10月28日、中央講堂で歓迎礼拝が行われ、ベーツ先生は学生を前に日本語でスピーチしました。


関西学院創立70周年 ベーツ院長記念講演

 小宮院長・先生達・中学生・高等学生・大学生の皆さんに、この度再びお話ができることは、心の奥底に非常に深い感じがあります。いろいろの記憶が、今、心にも頭にも出て来ます。あるいはこれは夢であるか、あるいは事実であるか、どっちであるか、はっきりわかることのできないくらいの感じがあります。けれども皆さんの前に、またこのとき立つことができる、実に大きな喜びがあります。19年前に関西学院を離れ、日本を離れて、カナダに帰りました時から、あんまり日本語を使いませんでしたから、今朝は十分な話ができないと思います。どうぞ私の間違っている言葉を許して下さい。ただ、心から、できるだけ簡単な言葉をもって、自分のフィーリングを言いたいと思います。

 今ふたたび、関西学院に戻ると、昔の関西学院のことをいくらか考えて話さなければならないと思います。私は49年前、関西学院に参りました。その時、学院は、実に数としては小さな学校でした。ただ、神学部と普通学部という、中学校のような学校がありましたが、その2つの学部に、たった300人の生徒・学生がおりました。そしてその後30年後、私が学院から離れる時、3,000人の生徒・学生がおりました。今学院に帰って来ますと、おそらく9,000人以上―約100万人位のまあ、あの、1万の学生が(笑)おります。非常に驚くべきことであると感じます。
 この度また学院に参りましたことは、非常に喜びでありますけれども、それと共に、深い悲しみの感情があるのです。なぜならば、私の親しい友人―この学校のために力を尽したいろいろな立派な人格者の方々が、今見えませんのは非常に深く悲しみを感じます。ことに吉岡先生、曽木先生、神崎先生、鈴木先生など、沢山のいろいろな先生の顔を見ることができないことは、非常に悲しいことであると感じます。

 学院の歴史は実に生ける歴史―リビング・ヒストリーであると感じます。昔の学院は数としては小さい学校であっても、この学校の中に、本当の生ける主義があるから、今までこういうように続くことができました。また続くばかりでなく段々大きくなって来ました。その生ける主義とは何であるか。そのニュー・ライフはこの学校にあるといつも感じるのです。ことに今、私はグリー・クラブの非常に立派な音楽を聞きますと―ことにこのクリスチャン・ヒム(讃美歌)を聞きますと、実に深く感じます。どうも有難うございました。ことに男の声と一緒に婦人の声が歌いますから実に結構なことであると思います。

 学院の歴史に2つの大切なモットーがありました。一番古いモットーはあの神学部にありました。真理は汝に自由を与える、というモットーであります。古い関西学院をおぼえていらっしゃる方々はご存じですが、あの古いOld Kwanseiの神学館の入口の上に漢文で、真理は汝等をして自主を得しめる(真理将使爾自主)と書いてありました。The truth shall make you selfmaster という意味。The truth shall make you master of yourself という意味であります。今の言葉は「自主」でなくて「自由」という言葉です。けれども、その「自主」という言葉のうちに、実に深い意味があると思うのです。なぜならば、しばしば「自由」という言葉は、日本ばかりでなく英語でも間違って考えられていると思うのです。真の自由があるとともに、また間違った自由があります。けれどもこの「自主」という言葉は実に深い意味なのです。
 もっと新しいモットーMastery for Serviceは、このカレッジができてから、また大学ができてからできました。それはどういう意味であるか。私どもは人として、いつも弱いものであってはいけません。できるだけマスターになりたいと思うのです。どういうマスターであるかというと、ただ他の人、他のものを治めるという意味ではなくて、深く考えてセルフ・マスターの意味であります。master of self。 聖書に書いてあるのは、罪をおかすものは罪の奴隷であるwho even cometh sin is the servant of sin と書いてある―そうすると、私どもは他のもの、他の人、他の悪い習慣などの奴隷でなくて、セルフ・マスターにならなければならないと思います。
 もし学生だったら学問のマスターにならなければならない。英語を研究するならばマスター・オブ・イングリッシュにならなければならない。あるいは数学であっても、どんな学問であっても、研究をするならばできるだけよく深く完全にならなければならない。そういう学問のマスターになるべきです。ただ半分くらいわかるのではなくて、深く十分に完全にならなければならないはずであると思います。それはマスター・オブ・ノーレッジ(知識)の意味です。ご存知の通り、学校を卒業するとマスター・オブ・サイエンスやマスター・オブ・アーツなどのディグリー(学位)があります。それはその意味です。
 けれども何のためにマスターになるのでしょうか。世界で一番大切なことはサービス(奉仕)です。他の人のためのサービスということであります。そうすると、私どものモットーMastery for Serviceの意味は自分自身のためにマスターになる意味ではありません。サービスのため、他の人のため、あるいは公のため、国のため、世界のためにマスターになりたいという意味であると思います。それは皆さんの将来の大いなる機会であるとともに、また責任であると思います。

 この学校は、昔はミッション・スクールといわれたのです。今でもミッション・スクールといってもいいと思います。けれども、その意味は変わってきたのです。ミッション・スクールといいますならばschool of mission の意味です。今の学院はschool with mission でありschool with purpose目的を持っている学校です。school with plan であります。そしてそのpurpose 、そのmissionは、できるだけ大いなるサービスをすることであります。それは関西学院のdestinyであり関西学院のfutureであります。その為に、学校がこんなに大きくなり、その成功を期することができたのです。今再び日本に帰って来まして苦い戦争のあとの大いなる回復ができましたことを、私は心から感謝するとともに、実に喜びとするところです。けれども皆さん。マテリアリズムの成功ばかりしないように。世界で最も大切なことはあのニュー・ライフであり、スピリチュアル・ライフであります。精神的なライフがもっとも大切です。そしてGood Man・善い人、Pure Man・純粋の人が最も大切だと思います。
 私がこの関西学院に30年おりましたことを、私は神様に感謝します。それは大いなるprivilege(名誉)であると私は思うのです。カナダの国にまた帰りましても、決して関西学院を忘れ、日本を忘れることはないでしょう。私の心に残ってあるのです。私は57年前に日本に参りました。そして38年以上、日本に生活できましたことを、実に神様に感謝します。日本で4人の子供が生まれました。幸いに今日、私の2番目の息子を連れてくることができました。
 どうかみなさん、責任の心を持って、関西学院を真実にtrulyとsincerelyで代表してくれますことを私は願います。私が離れても、私のオールドボイスがここに残るなら、関西学院の働きはずっと将来に続くと考えます。
 どうか皆さんの上に、神様のお恵み、御祝福、御いつくしみのあるよう祈ります。

(「K.G.TODAY」vol.258 2010年6月号)


 講演の収録テープは学院史編纂室に残されており、
 音声データは下記のサイトからお聴きいただけます。

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