2014.3.15 第65回卒業式式辞「受け継がれる伝統、そして新たなる伝統の息吹」

[ 2014年3月15日 更新 ]

2014年3月15日  中学部長 安田栄三

中学部長 安田栄三
 「人を想う」生徒会がスローガンとしてくれたこの言葉が、まさに今年の3年生の姿であった。自分に何ができるのか、そのためには身を削ってでも実行しようという気概が、学校生活の様々な場面で現れていた。たくさんの下級生が君たちにあこがれて生徒会に立候補してくれたのは、まさにその証だ。そんな君たちを心から送り出すために、在校生も教職員も、用務の方々も一生懸命に今日のために準備をしてきた。

 新入生を迎える千刈キャンプ、選ばれたリーダーたちは、文句ひとつ言わないで、プレキャンプから本番まで、下級生のために力を尽くしてくれた。徹底したフェアプレーを見せてくれた体育大会、その実行委員には多くの生徒が立候補してくれた。海洋冒険キャンプでは、数日後に来る2年生のために、少しでもきれいな海岸で青島キャンプを楽しんでほしいと、海岸のごみ拾いを自分たちの大事な時間を割いて自主的にやってくれた。
 素晴らしい実績を残してくれた全クラブの部員、そして甲関戦でのさわやかな試合マナーと応援の姿にも心を打たれた。男子バレーの助っ人として活躍してくれたラグビー部員、そしてもちろん二人で最後まで男子バレーの伝統を守ってくれ、後輩の練習に最後まで参加してくれた彼らには、頭が下がる思いであった。下級生の新人戦の試合には、必ずどの会場に行っても、応援してくれる3年生の姿があった。

 圧倒的な声量で魅了された合唱コンクール、また練習を重ねた演劇コンクールでは、どのクラスの劇も誠実で、見る人の心を温かくしてくれた。弁論大会での3年生のメッセージは、全員心に響くものであった。
 毎日の駆け足では、誰よりも早く飛び出して走り始める3年生の生徒たちがいた。礼拝に臨む姿勢も立派であった。多くのクラブが、部の目標としてくれているように、「部員である前に、中学部生として胸を張れる人間。神様が求める中学部生。決して感謝の気持ちを忘れない関学生」であってくれたのではないかと思う。

 修学旅行では、入退院を繰り返しておられたにもかかわらず、痛みを押して生きる希望を伝えてくださった下平作江さんとの出会いがあった。

 「平和の原点は人の痛みのわかる人間になること。皆さんは、何があっても生きる勇気を選んでください」

 真剣に聴き入っていたみんなの目の輝きを僕は忘れない。下平さんは、例年よりお元気そうで安心したが、今までおそらく何百回と講演してこられた彼女が、それでも話の最後の方では涙をぬぐっておられた。退室されてからも、その涙は止まらなかった。そっと理由をうかがうと、「こんなに関西学院の中学生の皆さんが一生懸命に話を聞いてくださって、私の方が感動しています」そう言われた。
 退室されるときに、君たち一人一人の方を向いて、丁寧にお辞儀をされながらゆっくりと歩いておられて姿は、君たちもはっきりと覚えていると思う。下平さん、そして碑めぐりでみんなを案内してくださった被爆者の方々は、君たちだったら平和のバトンをしっかり受け取ってくれると信じておられる。だからこそ、あれだけの辛い体験を話されるのだ。

 今月2日に、仙台で「歌の絆プロジェクト」と称して、復興支援音楽祭が行われ、ゆずの二人が被災地の人々に向けて作られた曲『友 ~旅立ちの時~』が宮城や岩手、福島の中高生によって歌われた。

「心揺れて迷う時
支えてくれる声が いつもそばに
進むべき道の先に どんなことが待っていても
僕らを繋ぐこの歌を思い出して」
(北川悠仁 作詞・作曲 ゆず「友 ~旅立ちの時~」より)


 今も避難生活を続ける高校生は、
 「歌っている間中、この幸せな時間がいつまでも続けばいいと思った」
 「親友が津波で亡くなったという実感はまだない。歌声が友に届けばいいと願う」

 2011年3月11日、あと1週間ほどで迎えられるはずだった卒業式を前に命を落とした子供たち、
 もっと生きたい、そう願って亡くなられた人々の分まで、私たちは生きる使命がある。
 中高生たちの思いがこもったステージに、涙をぬぐう観客の姿が多く見られたという。

 歌には人の心を変えていく果てしない大きな力がある。3年生のみんなが中学部に残してくれた
 大きな歌声と、気品ある立ち居振る舞いは、下級生にとって一番の大きな贈り物となった。

 神様から愛されている君たち一人一人が、誰かに必要とされる瞬間は必ず来る。その時まで、しっかり自分を磨いてほしい。磨けるときに磨いておかないと、朽ちて輝かぬ宝がある。
 神様は、決して乗り越えられない試練を、お与えにはならない。試練の向こう側にこそ、明るい希望の光が輝いている。生かされているという謙虚さ、そして勇気と希望があれば、どんな困難があろうとも、真っ直ぐに生きてゆける。今日も自分のようなものが神様に用いられることに、ただ感謝して生きればよい。

 中学部受験予定でありながら、19年前の阪神淡路大震災のために命を落とした6年生の親御さんが、中学部の制帽を買いに来られ、息子の棺に納められた話を君たちにした。そんな学校でみんなは学んできた。神様から与えられた命は、ほかの誰かを幸せにするために使うもの、僕はそう信じている。

 男子学年の締めくくりと、共学への新たなステージは、落ち着きのある、そして底知れぬ力をもった3年生とともに、新しい時代を切り開こうとしている熱意に満ちた下級生の力の両方が相容れることで、堂々と前に進み始めた。このような上級生と、そしてそれをしっかり受けとめる力を持った頼もしい下級生がいてくれること、これこそが関学のゆるぎない新たな伝統をつくり出す。新しい時代の息吹、その歴史的瞬間に、ここにいる君たち全員と立ち会えたことを、僕は幸せに思う。

 三年間、謙虚に頑張った君たちだからこそ、我々は本気になることができた。本当にありがとう。そして、卒業、本当におめでとうございます。