第64回卒業式式辞「明日に夢を、今を誠実に輝いて」

[ 2013年3月15日 更新 ]

2013年3月15日  中学部長 安田栄三

中学部長 安田栄三
 おはようございます。新入生の皆さん、関西学院中学部入学おめでとうございます。
 今は、しっかりと返事をしてくれて、嬉しく思う。今からの話を心で聞いてほしい。人の目を見て、心で話を聴くことを、生涯大切にしてください。

 中学部の正門を入ると、校舎の前に少年像があるのに気づいただろうか。
 少年の名は白木真寿夫。1933年4月1日、 旧制中学の五年生であった白木君は、東京からやってきた大学生のいとこと須磨の海岸でボートに乗った。二人は海岸から沖へ漕ぎ出して行ったが、不幸にも通行する汽船の横波と突風を受け、いとこは海に放り出されてしまった。
 大学生のいとこは泳ぐことができない。それを見た白木君は、制服のまま海に飛び込み、いとこを後ろから抱えつつ、海岸で見ていたお姉さんの連絡により助けに近づいた船にいとこをまかせると、自分は力尽きて海中に沈んでしまった。
 4月1日といえば、まだ寒い気候の中、海中につかって体の大きいいとこを抱えて泳ぐことが、どんなに苦しかったか君たちにはわかるでしょう。白木君はついに海底に沈んだまま上がってこなかった。
 「君の三日月は輝いていますか」この言葉どおり、最後まで続けてくれた朝の挨拶運動、そして伝統を受け継いだ体育大会や、工夫を凝らし、気持ちの込もった文化祭、すべての場面でみんなは関学生の真髄を見せてくれた。そんな君たちを心から送り出すために、在校生も教職員も、用務の方々も一生懸命に今日のために準備をしてきた。
 二年生の時、青島を自分たちの庭のように駆け回り、楽しいキャンプにしてくれた君たちの底抜けの明るさ、三年次、塚本君始め五人の迫力ある弁論には心を打たれ、演劇コンクールでは、すべてのクラス、舞台に出た子も、裏方で頑張った子も、全員の演劇にかける心意気が伝わってきた。また、合唱コンクールでも、この学年らしい陽気さで、見る人を惹きつける温かい雰囲気と歌声が印象的であった。
 運動部の試合は、可能な限り一年間、この目で見させてもらった。紙一重の接戦がいかに多かったことか。60回の記念大会を制した甲関戦での、実力を発揮した謙虚な戦いぶりも見事であった。また、引退したあとも、いつもそっと仲間や後輩の試合の応援に来てくれた三年生たちがいた。
 「部の目標は、関西学院のモットーであるマスタリーフォアサービスを実践する集団になること。№1を目指すには、この学内で誰からも愛される集団にならなくてはなりません。そのためには他者のためにという思いを心に持ち続け、謙虚な気持ちで一日一日を大切に、ひたむきに練習に取り組みます」一人のキャプテンは、そう記している。各部の仲の良さが光る三年生、どの部も同じ思いだったのではないだろうか。
 選択授業の手話講座では、16歳のときに耳が聞こえなくなった竹内さんという女性がお話をしてくださった。「耳が聞こえなくなったときは本当に苦しくて死んだほうが良いかなと思ったけど、今は幸せに生きている。あの時の苦しみがあったから今があるんです。ですから皆さんは、努力したら何にでもなれる、そう思って一生懸命いろんなことにチャレンジしてほしい」その話を受けて、ある生徒は「人が幸せか不幸せかは、他人が決めることではない。身体が不自由であっても僕より生き生きと楽しそうに毎日を過ごしている人はたくさんいます」そう、感想を書いてくれた。
 修学旅行では、ずっと入院しておられたにもかかわらず、関学の皆さんにだけは何があっても話がしたいと、痛みを押して命の尊さと生きる希望を伝えてくださった下平作江さんとの出会いがあった。
 「皆さんが今生きている今日は、亡くなった人が必死に生きようとした明日。平和の原点は人の痛みのわかる人間になること。皆さんは、何があっても生きる勇気を選んでください」
 真剣に聴き入っていたみんなの目の輝きを、僕は忘れられない。 

 ―CD演奏 「stand alone」森麻季(NHKドラマ「坂の上の雲」から)―
 
第67回入学式
 このドラマでナレーションをつとめた俳優の渡辺謙さんがスイスでスピーチを行い、東日本大震災の被災地の現状について、こう述べられた。
 「行き場を失った人々に残ったのは、人が人を救い、支え寄り添う『絆』という文化だった」と。
 スピーチの最後には、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を英語で朗読されたという。
 大きな被害の出た石巻市の大川小学校では、全校児童108人のうち、74人が津波にのみこまれた。そして、残されたわずかの子どもたちが入学した大川中学校は、この3月9日で廃校となった。友だちを、そして母校まで失った子供たちの気持ちを思うと、僕は一人の教員として、一人の親として、そして一人の人間として、胸が張り裂けそうになる。
 ノートルダム清心学園の渡辺和子さんは、『置かれた場所で咲きなさい』という著書の中で、「人はどんな境遇でも輝ける。咲くということ、それは自分が笑顔で幸せに生き、周囲の人々も幸せにすること。境遇を選ぶことはできなくても、生き方を選ぶことはできる」と書いておられる。
 自分ができることを現場で黙々と行うこと、それが人との絆を生み出す。そして、このみんなの中にも、被災地に駆けつけて、一生懸命に泥出しのボランティアをしてくれた生徒がいる。
 自分が教師になって32年間、出会った生徒たちを思い出すと、周りの人を必死で励まし、幸せにできる人間が本当にいると確信している。
 保健室の掲示板には、こんな詩が紹介されている。
 「苦しいから、辛いから、やりきれないから、そんな気持ちだからこそ見える美しい景色もある。
 今から始まる未来に、失敗というものは決して存在しない。色んなものに磨かれて、人は輝きを増す」と。
 神様は、決して君たちの力に余る試練を与えない。それどころか、試練を乗り越える力を与えておられる。丁寧に生きるということは、試練さえも感謝して両手でいただくこと。涙にくれる日もあるだろう。しかし、試練の向こう側にこそ、明るい希望の光が輝いている。辛いとき無理に咲かなくても、次に咲く花が、より大きく美しくなるために、下へ下へと根を張ればよい。
 本当の才能とは、希望を失わず、感謝の心を常に持ち続けること、そして、誰かの役に立とうとする志を持ち続けること。希望を失わず、何があっても負けない、人を励ます生き方ができる人は素晴らしい。笑顔があるところに希望が生まれる。感謝の二文字を心に刻み込み、どんなときも「私がやります」と笑って言えるたくましい人間であってほしい。
 自分は忘れているようなことでも、みんなには必ず友のために心を痛め、力になってくれた瞬間があった。純粋な心で友のために祈ってくれた人、友だちの見舞いに家や病院にまで行ってくれた人、・・・神様のシナリオは、これからも決して悲しみを悲しみだけで終わらせることはしないだろう。
 神様から与えられた命は、ほかの誰かを幸せにするために使うもの。残念ながら大川中学校は廃校となったが、この関西学院中学部は新しい時を刻める。大川中学校の分まで、みんなは開かれた未来に向かって、しっかり羽ばたいてください。
 三年間、謙虚に頑張った君たちだからこそ、我々は本気になることができました。本当にありがとう。
 そして、卒業、本当におめでとうございます。