2017.06.14.
2016年度リサーチコンペ採択者の研究成果報告書を掲載しました

先端研リサーチコンペ 2016年度採択者による成果報告書

先端研リサーチコンペ2016年度採択者5名より提出された成果報告の概要は、以下の通りです。
 

宗教的ヘテロトピアをめぐる実践・表象・政治性―「稲荷信仰」の事例から

岡本 真生

1.研究成果(経過)

 採択以降、伏見稲荷大社が刊行してきた資史料の調査・分析から、伏見稲荷大社が行ってきたコントロールの実態を検討するとともに、伏見稲荷大社の稲荷山に存在する眼力社などの「お塚」を「お守りしている」人々に対して、現地で聞き取り調査を実施してきた。その結果、伏見稲荷大社の<ウラ>山で、参詣者にお茶菓子や寝床を提供する「お茶屋」の中には、それらの機能を果たす以外に、伏見稲荷大社の摂社となった事例、さらには伏見稲荷大社とは異なる宗教法人へと発展した事例など、いわゆる「お茶屋」の中にも多様な存在形態が存在していることが明らかになった。また伏見稲荷大社のみならず、各地で活動する稲荷信仰系行者へも、継続的に聞き取り調査を実施している。そのなかで個人が自ら理解し、解釈し、つくりあげた信仰が実践され、複雑な宗教的世界が展開しているという実態に気づいた。
 ところで、稲荷信仰は現実だけでなくオンライン上でも展開している。ネット上にはコミュニティ・ページが存在するとともに、Facebookにもグループが幾つか存在することが明らかになった。たとえば、イギリスで展開されているサイト“Inari Faith UK”や、Facebookでは “Inari Faith International”という400名を超える公開グループメンバーによって様々な投稿がなされ、投稿に対して「いいね!」が押されている。実際に投稿された内容には、伏見稲荷大社をはじめ日本に点在する稲荷神社の写真とともに、動物の狐の写真や動画、イラストなども散見される。また個人が様々な祭壇(altar)をつくり、それを撮影してFacebook上に投稿しているケースもある。さらに興味深いことには、稲荷信仰がPaganism(魔女信仰)と結びついているケースも存在する。こうした状況から、海外で祭壇をつくることは、必ずしも日本で神棚を据える行為とは一致しておらず、個人によって多分にアレンジされていると推測される。
 アメリカやヨーロッパの宗教・民俗研究では、こうした個人の宗教実践とその創造性に関してひろく検討されているが(Primiano 1995, Hall 1997, Ammerman 2007)、日本では未だ少ないといえよう。そこで2017年度は、個人が自ら理解し、解釈し、つくりあげた信仰が実践され、複雑な宗教的世界が展開している実態に注目して、現代の宗教世界を捉えるとともに、ひろく宗教・民俗研究の捉え直しをはかっていく予定である。

2.発表論文、学会発表等

【1】岡本真生、「『残念さん』信仰―幕末維新期に発生した流行神をめぐって―」日本民俗学会 第68回年会、千葉商科大学、2016年10月
【2】岡本真生、書評「書評 橋本章著『戦国武将英雄譚の誕生』」『京都民俗』34、京都民俗学会、pp.71-75、2016年11月(査読なし)
【3】岡本真生、コメント「『落日』の騒擾をリアルタイムで知らない若手研究者達が、『落日の中の日本民俗学』を読んで民俗学を語る」京都民俗学会 第293回談話会、京都市職員会館かもがわ、2016年12月
【4】岡本真生、コメント(「『ネットのフォークロア』の可能性―稲荷信仰を事例として―」)「『民俗学への招待』をめぐって―世代間の対話から」大阪民俗研究会、福島区民センター、2017年2月
 

フードツーリズムとその変容―北陸のカニツーリズムの事例より

広尾 克子

1.研究成果(経過)

【調査結果】
 北陸新幹線開業(2015年春)後に、北陸のカニをめぐるフードツーリズムがどのように変容したのかを調査した。JR東日本によれば、冬季の北陸を来訪する関東圏の顧客はほぼ2倍に増加したとのことである。カニのツーリズムについて確認できた事象の主たるものを列記する。
・金沢近江町市場の来訪客は新幹線開業後はそれ以前の200%である。
・東京人は石川県産のカニにこだわるため品薄となり、カニ価格が異常に高騰した。
・金沢の土産にカニを求める客は大変多いが、彼らがカニを目的に金沢を訪れたのかどうかは不明である。
・地元で愛されているメスガニまで価格高騰(3~4倍)し、金沢住民の不興をかっている。
・カニ人気は予想できたが、ノドグロを求める客の多さは予想外であった。
・あわら温泉では、カニを目当てに来訪する東京からの客が増えたと実感している(細かいデータなし)。
・東京人はカニを珍しがるものの、姿茹でガニの食べ方が分らず悪戦苦闘するので、宿側が対策を講じている。
・首都圏の旅行会社では、特にカニ旅の引き合いが増えたとの実感は抱いていない。
・石川県や福井県の(東京の)アンテナショップに、カニに関する問い合わせ等はない。

【研究成果(経過)】
 北陸にとって新幹線の影響は大きく、カニの消費も恩恵を被った。それが即カニツーリズムの拡大とは言い切れないが、フードツーリズムが伸張し変容しつつあることは確認できる。カニをはじめ鮮魚の需要は増えた。しかしそれらの高騰により、地元住民は困惑している。あわら温泉など観光客で生計を立てる地域は、新たな顧客層を歓迎しているが、過大な期待を抱いている様子はない。フードツーリズムが生み出すものは多様である。
 北陸が東京人の来訪増を実感しているのに比して、東京ではフードツーリズムの目的地として特に北陸が意識されている様子はない。ここには温度差が存在する。研究目的である「既存のフードツーリズムの変容の様相の解明」に関しては、上記の成果を検討し、地産地消というフードツーリズムが内包する食文化にも言及したいと考えている。

2.発表論文、学会発表等

・リサーチコンペ報告会での報告
・生き物文化誌学会での報告
・先端社会研究紀要への投稿
 

現代社会における周産期母子と社会的包摂

岡 いくよ

1.研究成果(経過)

 本研究では、妊娠、出産が私的領域に置かれ、個人化の進む社会において、その後に続く育児期が孤立しやすい傾向にある事実に着目し、「社会は周産期にある母子をどのように包摂していくのか」を念頭に、周産期に生じる問題の実相を明らかにすることを目的に進められた。上記の目的を果たすため、現代社会において孤立化する妊産婦および乳児の事例として、主に自ら助産師として関わる妊産婦および乳児のつどい活動での母たちの不安や疑問を取り上げ、日常的実践に焦点を置き、自らの実践などを相対化できるように努め批判的に検討を行ってきた。研究は文献研究とフィールドワークによる参与観察によって進めた。まず文献研究では、生活の中で得られる周産期の知識の入手手段や周産期をめぐる生活の中のちえとその伝承の整理を進め、新聞雑誌記事の動向では医療制度との関連で検討し、その変化を整理した。先行研究などの整理を踏まえ、現代の周産期の日常的な実践から孤立しやすい母子像、医療化された周産期のケアだけではカバーしきれない制度などの課題が導き出された。
 また採択期間中は、大阪、京都、奈良などでの妊産婦および乳児のつどいでのフィールドワークを約40回程度実施し、そこに参加する妊産婦、乳児、家族、支援者について参与観察を行い、乳幼児への関わり、日常生活上の困難と対処、妊産婦の不安に着目し、現代の妊産婦が抱える妊産婦7人には出産前後の経験を自由に語ってもらえるよう聞き取りを行った。これまでの調査では、日常生活上出される不安や疑問は、妊娠中、および出産後の乳児を育てていくうえでの衣食住に関連した生活の不安であり、周産期に医療機関やインターネットから得た画一化した知識に当てはまらない事態に遭遇した時の不安などが多くを占めた。また、医療による支援だけではこぼれ落ちざるを得ない状況に陥りやすい側面のあることが示唆された。さらに、参加パートナーからの疑問では、妊娠期の女性のからだの変化がわからないために、どの程度のサポートを必要とするかが理解できず過剰に心配し、出産後は乳児の扱い、例えば抱き方、あやし方など力の加減がわからないと感じていた。また、妊産婦同士、実母との関係など、対人関係が困難な人の存在が目立つ傾向にあった。
 参与観察や聞き取り調査を行っていく中で、現代の妊産婦は医療にかかるほどではない不安や疑問を解消できる場所が地域に存在していたとしても、妊産婦および乳児であるというだけでその場を共有することは困難な傾向にあり、現代の育児に関連した閉塞状態は今後もさらに進行することが予測された。孤立傾向にある母と子をどのように包摂していくことができるのかという課題には、医療だけでは限界があり、多様な職種、多様な人的ネットワーク間での多様な対話の重要性が示唆できるのではないかと考えている。
 

「公共」補償の環境社会学的研究―奈良県吉野郡川上村の大滝ダム建設を事例に

奥田 絵

1.研究成果(経過)

 本研究は、大規模公共事業が実施される際に集落での生活空間を奪われることで、精神的・文化的な被害に対してどのように生活再建できるかを、「補償」という概念枠組から検討することを目的とした。この課題を明らかにすべく、本研究は奈良県吉野郡川上村のダム事業がおこなわれた集落を対象に、①補償概念の整理、②ダム事業や郷土史における資料収集をおこなった。②に関しては適宜聞き取り調査を実施するなどして、資料収集で記載されている内容が現在ではどのように変化しているのかを調査した。
 第1点目の補償概念の整理に関して、現状の法制度における補償は個人が所有する私有財産権に対して、大規模公共事業によって損失があった財産権のみ補填することになっている。しかし、私有財産に対する補償は、例えば集落での人間関係が崩壊や集落での生活が維持できないなど、地域共同性の喪失に対する権利に関しては法制度の対象にならないことが明らかになった。つまり、現状の法的な補償においては、私有財産に対する損失への補償があっても、人間関係や集落の共同性など、集落の土地で生活していることで生まれる権利(生活権)に対しては公共事業によって喪失する権利と認められていないと考えられる。
 第2点目の資料収集において、本研究は大規模ダム事業が実施される際におこなわれる緊急民俗調査や、事業後にまとめられるダム誌をもとに分析を進めている。例えば、緊急民俗調査は、県や市町村の教育委員会が中心となって、ダム事業によって移転を迫られる集落の生業や信仰、年中行事などの習俗を記録し保存する目的で作成された。この緊急民俗調査を作成することは、ダム事業によって集落の民俗性を喪失することを防ぐだけでなく、移転による集落の生活再建の被害を抑える点にも配慮した考えられる。これらの資料収集の調査を通じて、本研究は移転後の集落での生活再建を円滑におこなえるようにした、行政の生活権に対する「償い」の一部であると考察している。しかし、現在の移転集落ではダム事業を契機に人口が減少し生業や習俗が変化するなど、集落の生活に大きな影響を与えたことなどが、聞き取り調査で明らかになった。
 今後の課題は、本研究では法制度では補償の対象になり得ないような人間関係や集落の共同性などの生活権が、実際にどのように補償されてきたのかを明らかにする必要がある。本研究では、生活権に対する補償を県や市町村などが作成した民俗資料が精神的・文化的な側面に対して「償い」をしてきたことを分析しているが、ダムに関する資料作成は集落にとってどのような意味合いがあるのかまだ十分検証できていない。この点に関して、補償概念の枠組みで検討した生活権の所在と民俗保存のための資料作成とがどのように関連しているかを明らかにすることを問うていく。

2.発表論文、学会発表等

奥田絵,『大規模公共事業における補償概念の再検討―『正当な補償』をめぐる生活の視点から―』第54回環境社会学会大会,関西大学吹田キャンパス2016年11月.
 

蔦屋書店における文化的娯楽性と規範的公共性の展開と摩擦

笹部 建

1.研究成果(経過)

 蔦谷書店を経営するCCCの動向を追いつつ、具体的な個々の店舗への参与観察を進めている。これらの結果をまとめ、さらにはCCCを指定管理者として図書館業務に選択した各自治体の状況や議事録を検討し、レンタルチェーン大手からカフェ併設型の書店・図書館経営へと事業を移行しつつあるCCCと各自治体の利害関係を探った。図書館行政の歴史と現状の課題や、地域社会における大規模商業施設の乱立による小売業の衰退、なかでも書店業界の変遷などにも着目し、郊外化によって拡大した三浦展の指摘する「ファスト風土」が維持できなくなり、地域間の経済的・文化的格差が増大していることが判明した。
 CCCが運営する蔦屋書店の旗艦店舗である代官山蔦屋書店は、店舗設立の経緯から代官山という地域性に密着するように作られており、それは必ずしも全国的なチェーン展開に見合った形ではなかった。そのため蔦屋書店以前のレンタルチェーンであるTSUTAYAでは、渋谷店などの例外をのぞいて、地域ごとの違いが目立つことはなかったのに対し、蔦屋書店ではロゴデザインの違いから店舗内のレイアウトまで、かなりの差異があることが分かった。また、蔦屋書店やその複合施設版である「T-SITE」が人口の集中する都市圏で展開されているからも分かるとおり、インターネットに需要を奪われたコンテンツレンタル業から書店業態へと中心を移しつつあるCCCの展開が、図書館管理を外部の団体に任せ、地方行政を縮小化する自治体の戦略と合致する部分があったためと考えられる。

2.発表論文、学会発表等

CCCが運営する店舗への参与観察や、アルバイトとして労働に従事している蔦谷書店でのフィールドワークを進め、関係者へのインタビュー調査なども継続しつつ、関西学院大学先端社会研究所の紀要に論文としてまとめ、年度内に発表を予定している。