2014.05.07.
先端研リサーチコンペ 2013年度採択者による成果報告書

先端研リサーチコンペ2013年度採択者5名より提出された成果報告の概要は、以下の通りである。

ろう児をもつ家庭における コミュニケーションの分析-ろう児をきょうだいにもつ聴児の言語使用を中心に

平 英司

研究成果(経過)

 本研究が対象とするフィールドは、日本手話と日本語が共存する「ろう児をもつ聞こえる親の家庭(以下、手話家庭と呼ぶ)」である。このような家庭における聞こえる子ども達(ろう児のきょうだい)は、家庭内で日本手話と日本語のバイリンガル環境の中で育つ。
 日本手話と日本語のバイリンガル環境に育つ聴児はどのような言語習得や言語使用を行うようになるのだろうか。このような問いに対する研究は、ほとんどない。長年、口話主義のもと、ろう児が音声発話を身につけるために、学校でも家庭でも日本手話の使用は否定的であり、聞こえる親が日本手話を学び、家庭内で日本手話を用いてろう児を育てるという家庭は、日本では近年出現し始めた新しいタイプの家庭だからである。
 今回、関西学院大学先端社会研究所の協力の下、関東にある3件の手話家庭の食事時のデータ(計:73日分)を収集することができた。(手話家庭のコミュニケーションのデータベースの構築自体、今後の手話家庭研究における大きな成果であると考えられる。)
今回のデータから、2歳の聴児の言語習得過程に「手話の幼児語」が見られた。手話の幼児語は、ろうの子ども達が手話を習得する過程で見られることが報告されているもので、手話の「音韻」の獲得に重要な役割をもつ。
 また、日本語の語彙よりも先に手話語彙を習得していると思われる場面も見られた。これらのことは、聴児がバイリンガル話者として成長していることの一例ともいえる。
 なお、データは現在データの整理・分析を進めている過程であり、今年度中にはまとまった形で成果を発表できると見込んでいる。

権力者への正統性の付与は、自発的な協力行動を引き出すか―実験的手法による検討

寺島 圭

1. 研究進捗状況

 申請研究の実験計画は全過程を終了した。最終的な実験参加者は111名であった。6回の公共財ゲームを行った本研究の結果から、以下の諸点が明らかとなった。
 (1)全6回分において参加者の集団に対する協力行動を検討した結果、リーダーが集団に対して協力的な場合に、そうでない場合よりも成員は集団への協力行動を示した。しかし、本研究が主眼を置いていた正統性は効果がなく、正統性が有すると想定した「他者問題解決の遅延」効果は認められなかった。
 (2)6回目のみのデータを対象とした分析においては、当初想定した正統性の効果が部分的に検出され、正統性が低パフォーマンスの権力者に対する不満や抵抗を抑制する可能性が示唆された。
 (1)において正統性が効果を持たなかった原因は2つ考えられる。まず第一に、正統性の実験的な操作がうまく働いておらず、実験参加者において正統性の認知に差が生じた可能性である。能力の違い(事前テストの成績)という基準によってリーダーの選出を行ったが、テストで尋ねた項目と実験で参加者に行わせた課題との関連性が低く、リーダーの正統性を参加者に実感させるに至らなかった可能性が示唆される。また第二に、実験においては集団のリーダーが他の成員に対して罰を与える権利を有していたが、このこと自体が正統性の影響力の発現を妨げた可能性がある。すなわち、強く協力行動を動機づける罰の存在によって、正統性の影響力が覆い隠されてしまった可能性である。公共財ゲームの最終6回目においては、そのゲームで、罰を受けたとしても後続のゲームにおける自身の所持コイン数に影響がなく、このような罰が協力行動を動機づける効果は非常に弱くなると考えられる。つまり、上記(2)の結果は、正統性が他者としての非権力者の不満や抵抗を抑制させる効果が、罰など他の協力的行動を動機づける要素が存在しない時にのみ、みられる効果であることを示唆している。
 今後見込まれる成果としては、正統性が非権力者の不満や抵抗を抑制する状況を特定することにより、正統性の効果をより精徹な形で検討することが可能であろう。そのことにより、権力者と非権力者という、社会に普遍的に存在する他者間での問題の解決に資する知見を得ることが期待される。

2. 発表論文、学会発表等

 申請研究と関連した学会として、日本社会心理学会、日本グループ・ダイナミックス学会に参加・発表し、関連分野の研究者から様々な意見を頂く機会を得た。申請研究の結果は2014年度の日本社会心理学会(7/26・7/27;北海道大学)で発表予定である。また、本研究の遂行上重要となる正統性概念についてのレビューを、報告論文として関西学院大学先端社会研究所紀要に投稿した。

地方花柳界における<芸>と<色>の境界線-諏訪湖沿岸部をフィールドに

谷岡 優子

1. 研究進捗状況

 本研究では、かつて〈芸〉と〈色〉の両方が存在し、現在も芸妓による活動が行なわれている長野県諏訪湖沿岸部(岡谷市、上諏訪市大手町、諏訪郡、茅野市)をフィールドに、2013年8月~9月にかけて現地調査を実施し、諏訪花柳界の実態を明らかにするとともに、当該地域内で行なわれてきた〈芸〉と〈色〉の境界の変遷、つまり、〈芸〉と〈色〉が必ずしも明確に区別されていない状況(〈色〉が〈芸〉に「包摂」されている状況)に対し、〈色〉を〈芸〉から切り離して〈芸〉の世界に対する「他者」として「排除」する現象が、どのような時代、社会、状況において生じたのかを調査した。
 諏訪湖沿岸部では、製糸工業、精密機械工業、寒天製造などの近代産業の展開が見られ、これらの産業を背景に諏訪湖沿岸部の上諏訪、下諏訪、岡谷、茅野などの各地域にそれぞれ花柳界が展開した。各地域の花柳界はそれぞれ独立した存在であり、かつては芸妓の行き来が禁じられ交流はなかったものの、その後の需給関係の変化に対応して、花柳界同士の関係は柔軟に再編された。しかし、それより以前、花柳界のあり方を大きく変動させる再編が行なわれている。
 昭和32年の売春防止法以前、諏訪湖沿岸部には花柳界とは別に、下諏訪遊廓、衣之渡遊廓などの遊廓が存在した。花柳界と遊廓の間には、法的に〈芸〉の花柳界、〈色〉の遊廓という線引きが存在したが、現実の花柳界と遊廓では〈芸〉と〈色〉が混在しており、花柳界と遊廓は「地続き」となっていた。〈芸〉を売るものとする花柳界でありながら、内部では「泊まり」や売春を頻繁に行なう「不見転」「枕芸者」が存在していたほか、地域住民から「大手遊廓」と呼ばれる、花柳界内部に存在した置屋側が芸妓に「泊まり」や売春を積極的に奨励する置屋が集まる地域、「サボシ」と呼ばれる親方を持たない私娼、これらの存在が確認できた。
 売春防止法(昭和32年)以降、諏訪湖沿岸部に置かれた遊廓は廃止となったが、その一部は形態を変え、〈芸〉を隠れ蓑に花柳界に潜りこみ、生き残ったものもあった。芸妓と娼妓の両方を抱えていたものの、防止法施行以降、抱えていた娼妓にも芸事を習わせ、商売を続けた貸座敷、花柳界として認識されていたもの、若い女性を多く在籍させ、芸事をあまり重要視しなかったことから、もう一つの見番と対比して、「〈芸〉の見番」「〈色〉の見番」と呼ばれた見番などが現地で確認された。
 その後、昭和50年代から、諏訪湖沿岸部花柳界は徐々に衰退し、次第に各地の見番や置屋の廃業が目立つようになったが、平成18年、上諏訪の大手見番が有志の支援を受けて復活し、「観光」、「文化資源」としての花柳界のあり方の模索が行なわれている。
 今回の調査を通じて、上諏訪の大手見番が衰退状況を打破すべく、従来とは異なる「観光化」、「文化資源化」という戦略を試みていることが明らかになった。そして、これと同様の現象が日本各地の地方花柳界においても確認されており、この花柳界の「観光化」、「文化資源化」をめぐる模索は、各地で独自の展開がみられる。
 今後は、地方花柳界の「観光化」「文化資源化」にも着目した研究を行なう予定である。

2. 発表論文、学会発表等

「地方花柳界の民俗学―〈芸〉と〈色〉の境界線をめぐって―」、『日本民俗学会』第65回年会、新潟大学、2013年10月

レズビアンのカルチャー研究-アメリカにおける研究との比較から

小田二 元子

1.研究進捗状況

 本研究では、日本におけるレズビアンの多様性とその内部にある他者性に焦点を当てることを目的としていた。レズビアンバーにおける実地調査を継続しながら、フェミニズム運動に携わってきたレズビアン・コミュニティーを対象に調査・研究を進めている研究者から、レズビアンバーの調査で見受けられた実践とは異なる「レズビアン」としての実践に関しての多くの知見や資料を得られた。
 今までのレズビアンバーにおける調査では自身のアイデンティティ・カテゴリー(外見的な特徴を示すとされている「ボイ」「フェム」「中性」といった言葉と、性役割を示すとされる「タチ」「ネコ」等といった言葉とを組み合わせた形で示される自己規定)となる情報を相互的に自己呈示し、そのカテゴリー分け通りに互いに役割演技をすること、また、そうした相互行為の只中で、カテゴリーが再構築されていくという実践があった。一方で、今回の調査から得られた知見として、レズビアン・フェミニズム、ウーマンリブ運動に関わってきたレズビアンにとって、“既成の男女関係の模倣”であるとして批判の対象になったのが、男役/女役といったカテゴリー分けであり、従ってレズビアン・フェミニストの物語から、レズビアンバーにおける調査で明らかになったカテゴリー分けとその実践は排除されてしまっているのだ。
 しかし、レズビアンバーの調査で明らかになってきた彼女たちの実践は、単なるジェンダー化された装置だとも言い切れないのではないか。外見的特徴と性役割との組み合わせで示されるアイデンティティに沿った相互的なコミュニケーションによって分岐し、また新たに再構築されてきているそうした実践の中に、既成のセクシャリティを脱構築していく可能性を探っていきたい。

2.発表論文、学会発表等

関西社会学会第65回大会にて発表予定

戦後書店空間における「成人向けマンガ」の自主規制の変遷と「客体化される読者」に関するメディア論的研究

山森 宙史

研究成果(経過)

 本研究は、近年の「成人向けマンガ」に対する規制強化の問題にメディア論的観点からの知見を提起するため、①成人向けマンガ出版物をめぐる流通上の自主規制が戦後の書店空間においてどのように展開されてきたのかを明らかにし、②その際の「読者」(非読者も含む)がいかなる存在として書店側に仮定されてきたかを検討することであった。そのため、今回の調査では先ず産業側の明示的な対応を確認するため、大手出版取次会社が書店向けに発行する『日版通信』(日本出版販売発行)を主な資料として調査しつつ、その上で、成人向けマンガ出版物の流通・販売をめぐる個々のアクターからの見解を各種文献・記事資料を中心に収集・分析した。

・戦後書店空間における成人向けマンガの「自主規制」状況と「読者」像の変遷
 調査の結果まず明らかになったのは、90年代の「有害コミック」問題の発生とそれに伴う「成年コミック」マーク・区分陳列販売(ゾーニング)の導入以前において、取次・書店側において成人向けマンガ出版物とその利用者の存在は明示的に言説化されえない存在であったということである。その背景には70年代まで成人向けマンガ出版物の多くがスタンド業等の「非正規」の流通ルートを介していたことが要因として挙げられる。結果としてそれは書店における商品的位置付けとその「読者」の存在を不明瞭なものにしていたと考えられる。しかし、85年以降の自販機販売の公的規制強化に伴い、その販路は次第に大手取次を介し一般書店やコンビニへと収斂するようになる。「有害コミック」問題以降になると、『通信』誌上に紹介される新規店舗のレイアウト図においても少数ながら「成人向けマンガコーナー」の存在を明示化する傾向が見て取れた。ただしその傾向は80年代以降に増加した「明るさ」「家族向け」を強調する郊外型大型書店では極端に少なく、都市型の中規模書店やもとよりコミック販売に特化したマンガ専門店に主に見られた。加えて、規制措置の方法がより厳密化・強化され、販売先の主軸がコンビニエンスストア(CVS)とマンガ専門店に特化していく90年代後半以降になると、成人向けマンガの売れるジャンルが狭まり、その想定読者層が「マニア読者」もしくは「オタク」というオーディエンスへと絞られていく。それに伴い、CVS独自の極めて厳しい雑誌規制措置は逆説的にコミックス版の価値を高めるとともに、マンガ専門店のゾーニングされた空間内での独自のコーナー作りが展開されるようになり、成人向けマンガはひとつの「ファンカルチャー」ないしは「サブカルチャー」の様相を呈するようになった。つまり、「有害コミック」問題以降の成人向けマンガへの自主規制措置の展開は、総合書店に訪れる「一般読者」としてのオーディエンスを排除する一方で、マンガ専門店に見られるような「マニア読者」「ファン」というオーディエンスを逆説的に生成・顕在化していく傾向があったことを確認できた。

 以上が2013年度の研究経過についての概要である。今回の調査では主に現実空間の書店と物理的出版媒体の読者を主な分析対象に設定したが、今後はネットを含めた新たなメディア状況も考慮に入れながら資料調査とその分析の精緻化を継続して行うとともに、メディアと空間管理の観点を考慮に入れたメディア・オーディエンス論の構築を目指していく予定である。なお、本研究調査の進捗状況と成果は、先端研リサーチコンペ2013年度成果報告会にて発表の後、『先端社会研究所紀要』に投稿予定である。