リサーチコンペ 2016年度

[ 編集者:先端社会研究所   2017年6月14日 更新 ]

2016年度先端社会研究所リサーチコンペ採択者による成果報告書

先端研リサーチコンペ2016年度採択者5名より提出された成果報告の概要は、以下の通りです。

宗教的ヘテロトピアをめぐる実践・表象・政治性―「稲荷信仰」の事例から

岡本 真生

1.研究成果(経過)

 採択以降、伏見稲荷大社が刊行してきた資史料の調査・分析から、伏見稲荷大社が行ってきたコントロールの実態を検討するとともに、伏見稲荷大社の稲荷山に存在する眼力社などの「お塚」を「お守りしている」人々に対して、現地で聞き取り調査を実施してきた。その結果、伏見稲荷大社の<ウラ>山で、参詣者にお茶菓子や寝床を提供する「お茶屋」の中には、それらの機能を果たす以外に、伏見稲荷大社の摂社となった事例、さらには伏見稲荷大社とは異なる宗教法人へと発展した事例など、いわゆる「お茶屋」の中にも多様な存在形態が存在していることが明らかになった。また伏見稲荷大社のみならず、各地で活動する稲荷信仰系行者へも、継続的に聞き取り調査を実施している。そのなかで個人が自ら理解し、解釈し、つくりあげた信仰が実践され、複雑な宗教的世界が展開しているという実態に気づいた。
 ところで、稲荷信仰は現実だけでなくオンライン上でも展開している。ネット上にはコミュニティ・ページが存在するとともに、Facebookにもグループが幾つか存在することが明らかになった。たとえば、イギリスで展開されているサイト“Inari Faith UK”や、Facebookでは “Inari Faith International”という400名を超える公開グループメンバーによって様々な投稿がなされ、投稿に対して「いいね!」が押されている。実際に投稿された内容には、伏見稲荷大社をはじめ日本に点在する稲荷神社の写真とともに、動物の狐の写真や動画、イラストなども散見される。また個人が様々な祭壇(altar)をつくり、それを撮影してFacebook上に投稿しているケースもある。さらに興味深いことには、稲荷信仰がPaganism(魔女信仰)と結びついているケースも存在する。こうした状況から、海外で祭壇をつくることは、必ずしも日本で神棚を据える行為とは一致しておらず、個人によって多分にアレンジされていると推測される。
 アメリカやヨーロッパの宗教・民俗研究では、こうした個人の宗教実践とその創造性に関してひろく検討されているが(Primiano 1995, Hall 1997, Ammerman 2007)、日本では未だ少ないといえよう。そこで2017年度は、個人が自ら理解し、解釈し、つくりあげた信仰が実践され、複雑な宗教的世界が展開している実態に注目して、現代の宗教世界を捉えるとともに、ひろく宗教・民俗研究の捉え直しをはかっていく予定である。

2.発表論文、学会発表等

【1】岡本真生、「『残念さん』信仰―幕末維新期に発生した流行神をめぐって―」日本民俗学会 第68回年会、千葉商科大学、2016年10月
【2】岡本真生、書評「書評 橋本章著『戦国武将英雄譚の誕生』」『京都民俗』34、京都民俗学会、pp.71-75、2016年11月(査読なし)
【3】岡本真生、コメント「『落日』の騒擾をリアルタイムで知らない若手研究者達が、『落日の中の日本民俗学』を読んで民俗学を語る」京都民俗学会 第293回談話会、京都市職員会館かもがわ、2016年12月
【4】岡本真生、コメント(「『ネットのフォークロア』の可能性―稲荷信仰を事例として―」)「『民俗学への招待』をめぐって―世代間の対話から」大阪民俗研究会、福島区民センター、2017年2月

フードツーリズムとその変容―北陸のカニツーリズムの事例より

広尾 克子

1.研究成果(経過)

【調査結果】
 北陸新幹線開業(2015年春)後に、北陸のカニをめぐるフードツーリズムがどのように変容したのかを調査した。JR東日本によれば、冬季の北陸を来訪する関東圏の顧客はほぼ2倍に増加したとのことである。カニのツーリズムについて確認できた事象の主たるものを列記する。
・金沢近江町市場の来訪客は新幹線開業後はそれ以前の200%である。
・東京人は石川県産のカニにこだわるため品薄となり、カニ価格が異常に高騰した。
・金沢の土産にカニを求める客は大変多いが、彼らがカニを目的に金沢を訪れたのかどうかは不明である。
・地元で愛されているメスガニまで価格高騰(3~4倍)し、金沢住民の不興をかっている。
・カニ人気は予想できたが、ノドグロを求める客の多さは予想外であった。
・あわら温泉では、カニを目当てに来訪する東京からの客が増えたと実感している(細かいデータなし)。
・東京人はカニを珍しがるものの、姿茹でガニの食べ方が分らず悪戦苦闘するので、宿側が対策を講じている。
・首都圏の旅行会社では、特にカニ旅の引き合いが増えたとの実感は抱いていない。
・石川県や福井県の(東京の)アンテナショップに、カニに関する問い合わせ等はない。

【研究成果(経過)】
 北陸にとって新幹線の影響は大きく、カニの消費も恩恵を被った。それが即カニツーリズムの拡大とは言い切れないが、フードツーリズムが伸張し変容しつつあることは確認できる。カニをはじめ鮮魚の需要は増えた。しかしそれらの高騰により、地元住民は困惑している。あわら温泉など観光客で生計を立てる地域は、新たな顧客層を歓迎しているが、過大な期待を抱いている様子はない。フードツーリズムが生み出すものは多様である。
 北陸が東京人の来訪増を実感しているのに比して、東京ではフードツーリズムの目的地として特に北陸が意識されている様子はない。ここには温度差が存在する。研究目的である「既存のフードツーリズムの変容の様相の解明」に関しては、上記の成果を検討し、地産地消というフードツーリズムが内包する食文化にも言及したいと考えている。

2.発表論文、学会発表等

・リサーチコンペ報告会での報告
・生き物文化誌学会での報告
・先端社会研究紀要への投稿

現代社会における周産期母子と社会的包摂

岡 いくよ

1.研究成果(経過)

 本研究では、妊娠、出産が私的領域に置かれ、個人化の進む社会において、その後に続く育児期が孤立しやすい傾向にある事実に着目し、「社会は周産期にある母子をどのように包摂していくのか」を念頭に、周産期に生じる問題の実相を明らかにすることを目的に進められた。上記の目的を果たすため、現代社会において孤立化する妊産婦および乳児の事例として、主に自ら助産師として関わる妊産婦および乳児のつどい活動での母たちの不安や疑問を取り上げ、日常的実践に焦点を置き、自らの実践などを相対化できるように努め批判的に検討を行ってきた。研究は文献研究とフィールドワークによる参与観察によって進めた。まず文献研究では、生活の中で得られる周産期の知識の入手手段や周産期をめぐる生活の中のちえとその伝承の整理を進め、新聞雑誌記事の動向では医療制度との関連で検討し、その変化を整理した。先行研究などの整理を踏まえ、現代の周産期の日常的な実践から孤立しやすい母子像、医療化された周産期のケアだけではカバーしきれない制度などの課題が導き出された。
 また採択期間中は、大阪、京都、奈良などでの妊産婦および乳児のつどいでのフィールドワークを約40回程度実施し、そこに参加する妊産婦、乳児、家族、支援者について参与観察を行い、乳幼児への関わり、日常生活上の困難と対処、妊産婦の不安に着目し、現代の妊産婦が抱える妊産婦7人には出産前後の経験を自由に語ってもらえるよう聞き取りを行った。これまでの調査では、日常生活上出される不安や疑問は、妊娠中、および出産後の乳児を育てていくうえでの衣食住に関連した生活の不安であり、周産期に医療機関やインターネットから得た画一化した知識に当てはまらない事態に遭遇した時の不安などが多くを占めた。また、医療による支援だけではこぼれ落ちざるを得ない状況に陥りやすい側面のあることが示唆された。さらに、参加パートナーからの疑問では、妊娠期の女性のからだの変化がわからないために、どの程度のサポートを必要とするかが理解できず過剰に心配し、出産後は乳児の扱い、例えば抱き方、あやし方など力の加減がわからないと感じていた。また、妊産婦同士、実母との関係など、対人関係が困難な人の存在が目立つ傾向にあった。
 参与観察や聞き取り調査を行っていく中で、現代の妊産婦は医療にかかるほどではない不安や疑問を解消できる場所が地域に存在していたとしても、妊産婦および乳児であるというだけでその場を共有することは困難な傾向にあり、現代の育児に関連した閉塞状態は今後もさらに進行することが予測された。孤立傾向にある母と子をどのように包摂していくことができるのかという課題には、医療だけでは限界があり、多様な職種、多様な人的ネットワーク間での多様な対話の重要性が示唆できるのではないかと考えている。

「公共」補償の環境社会学的研究―奈良県吉野郡川上村の大滝ダム建設を事例に

奥田 絵

1.研究成果(経過)

 本研究は、大規模公共事業が実施される際に集落での生活空間を奪われることで、精神的・文化的な被害に対してどのように生活再建できるかを、「補償」という概念枠組から検討することを目的とした。この課題を明らかにすべく、本研究は奈良県吉野郡川上村のダム事業がおこなわれた集落を対象に、①補償概念の整理、②ダム事業や郷土史における資料収集をおこなった。②に関しては適宜聞き取り調査を実施するなどして、資料収集で記載されている内容が現在ではどのように変化しているのかを調査した。
 第1点目の補償概念の整理に関して、現状の法制度における補償は個人が所有する私有財産権に対して、大規模公共事業によって損失があった財産権のみ補填することになっている。しかし、私有財産に対する補償は、例えば集落での人間関係が崩壊や集落での生活が維持できないなど、地域共同性の喪失に対する権利に関しては法制度の対象にならないことが明らかになった。つまり、現状の法的な補償においては、私有財産に対する損失への補償があっても、人間関係や集落の共同性など、集落の土地で生活していることで生まれる権利(生活権)に対しては公共事業によって喪失する権利と認められていないと考えられる。
 第2点目の資料収集において、本研究は大規模ダム事業が実施される際におこなわれる緊急民俗調査や、事業後にまとめられるダム誌をもとに分析を進めている。例えば、緊急民俗調査は、県や市町村の教育委員会が中心となって、ダム事業によって移転を迫られる集落の生業や信仰、年中行事などの習俗を記録し保存する目的で作成された。この緊急民俗調査を作成することは、ダム事業によって集落の民俗性を喪失することを防ぐだけでなく、移転による集落の生活再建の被害を抑える点にも配慮した考えられる。これらの資料収集の調査を通じて、本研究は移転後の集落での生活再建を円滑におこなえるようにした、行政の生活権に対する「償い」の一部であると考察している。しかし、現在の移転集落ではダム事業を契機に人口が減少し生業や習俗が変化するなど、集落の生活に大きな影響を与えたことなどが、聞き取り調査で明らかになった。
 今後の課題は、本研究では法制度では補償の対象になり得ないような人間関係や集落の共同性などの生活権が、実際にどのように補償されてきたのかを明らかにする必要がある。本研究では、生活権に対する補償を県や市町村などが作成した民俗資料が精神的・文化的な側面に対して「償い」をしてきたことを分析しているが、ダムに関する資料作成は集落にとってどのような意味合いがあるのかまだ十分検証できていない。この点に関して、補償概念の枠組みで検討した生活権の所在と民俗保存のための資料作成とがどのように関連しているかを明らかにすることを問うていく。

2.発表論文、学会発表等

奥田絵,『大規模公共事業における補償概念の再検討―『正当な補償』をめぐる生活の視点から―』第54回環境社会学会大会,関西大学吹田キャンパス2016年11月.

蔦屋書店における文化的娯楽性と規範的公共性の展開と摩擦

笹部 建

1.研究成果(経過)

 蔦谷書店を経営するCCCの動向を追いつつ、具体的な個々の店舗への参与観察を進めている。これらの結果をまとめ、さらにはCCCを指定管理者として図書館業務に選択した各自治体の状況や議事録を検討し、レンタルチェーン大手からカフェ併設型の書店・図書館経営へと事業を移行しつつあるCCCと各自治体の利害関係を探った。図書館行政の歴史と現状の課題や、地域社会における大規模商業施設の乱立による小売業の衰退、なかでも書店業界の変遷などにも着目し、郊外化によって拡大した三浦展の指摘する「ファスト風土」が維持できなくなり、地域間の経済的・文化的格差が増大していることが判明した。
 CCCが運営する蔦屋書店の旗艦店舗である代官山蔦屋書店は、店舗設立の経緯から代官山という地域性に密着するように作られており、それは必ずしも全国的なチェーン展開に見合った形ではなかった。そのため蔦屋書店以前のレンタルチェーンであるTSUTAYAでは、渋谷店などの例外をのぞいて、地域ごとの違いが目立つことはなかったのに対し、蔦屋書店ではロゴデザインの違いから店舗内のレイアウトまで、かなりの差異があることが分かった。また、蔦屋書店やその複合施設版である「T-SITE」が人口の集中する都市圏で展開されているからも分かるとおり、インターネットに需要を奪われたコンテンツレンタル業から書店業態へと中心を移しつつあるCCCの展開が、図書館管理を外部の団体に任せ、地方行政を縮小化する自治体の戦略と合致する部分があったためと考えられる。

2.発表論文、学会発表等

CCCが運営する店舗への参与観察や、アルバイトとして労働に従事している蔦谷書店でのフィールドワークを進め、関係者へのインタビュー調査なども継続しつつ、関西学院大学先端社会研究所の紀要に論文としてまとめ、年度内に発表を予定している。

2016年度先端社会研究所リサーチコンペ採択者の研究計画要旨および審査講評

採択者による研究計画要旨と審査の講評は、以下の通りです。

宗教的ヘテロトピアをめぐる実践・表象・政治性―「稲荷信仰」の事例から

岡本真生(社会学研究科 博士課程後期課程1年)

 稲荷信仰とは、古代、稲荷山近隣に居住していた豪族の秦氏が祀っていた神であり、稲の神として祀られたとともに、狐という生き物との関連で語られ、かつ行者によって何がしかの宗教施設(祭壇、祠、お塚、神社など)で祭祀される神への信仰である。稲荷信仰の総本山とされる伏見稲荷大社の<ウラ>山には、行者と信者によって建立された無数の「お塚」が存在し、独特の宗教的景観を形成している。こうした多様な様相を呈するため、稲荷信仰研究は枚挙に暇がない。
 ところが、一連の研究は、「制度宗教」対「民間宗教」という二元論的枠組みを前提にしており、多様なアクター間の複雑かつ動態的な関係性は未だ十分には分析されていない。
 こうした二元論的枠組みでは捉えきれない状況に対し、本研究では、Michel Foucaultが提唱した「ヘテロトピア」概念を導入した新たな分析枠組みを提示する。具体的には、現地および史資料調査から、多様なアクター間の(1)実践や(2)表象、さらにそれらをとりまく(3)政治性の3つの視点から、稲荷信仰の実態を明確化させる。ここで用意した分析枠組みは、将来、より広く宗教研究一般に応用可能であると予想する。

講評

フーコーの「ヘテロトピア」概念を援用しつつ、稲荷信仰に見られる様々な実践への調査を通じて、その姿を明らかにしようとする研究である。特に空間概念である「ヘテロトピア」が信仰実践にどのように関係するのかを明らかにすることができれば、新たな分析枠組みの提示につながり、骨太な博士論文の作成を期待できるものと思われる。ただし、「制度化された宗教」のような概念で現代の宗教を分類した上で稲荷信仰を分析の俎上に載せることが先行研究との関係においてどのような意義を持つのか、また「アジール」など宗教に関係の深い他の概念ではなく「ヘテロトピア」という概念を用いることの意味は何かといった点をふまえ、本研究独自の論点を明らかにすることが求められる。

フードツーリズムとその変容―北陸のカニツーリズムの事例より

広尾克子(社会学研究科 博士課程後期課程2年)

 本研究の目的は、北陸地域に現われた、カニをめぐるツーリズムの新たな展開を事例として、既存のフードツーリズムの変容の様相を明らかにすることである。
 申請者は、カニの文化を記した修士論文「ズワイガニの発見と流通」で、カニをめぐるフードツーリズム現象をとりあげた。この現象がいつ、どこで、誰により、どのようにして起こり、展開していき、定着したのかを明らかにした。
 しかし上記のプロセスでは見えなかった新しい現象が起ち現われている。北陸新幹線開業により、北陸地域のカニツーリズムが大きく変容しつつあるのである。昨シーズンの金沢・近江町市場の来訪者は2倍になり、地ガニは高騰し、地元住民の手の届かぬものになったという。常連客中心に営業してきたカニ宿は、関東人の要求にとまどいながらも、嬉しい悲鳴をあげた。
 新しく生起したこれらの現象―訪れる人、呼び込む人、迎える人、そして巻き込まれる人の期待、思惑、創意工夫、そして想定内外の出来事―の観察、調査をライブで行なえるのは今である。
 カニは地産地消型食品の典型例といえる。フードツーリズムは地域と関連深い現象であり、地域の未来図も見えるかもしれない。

講評

北陸新幹線の開業に伴う、北陸のカニツーリズムの現状や変化を探るという研究課題は、まさに現在進行形の出来事であるので、調査を通じて明らかにされる必要のあるテーマだと思われる。ただし、“地域主導”や“旅行者主導”といった固定概念に縛られている点が散見されるので、その枠組みで物事を安易に捉えるのでなく、カニをめぐる「人びと」の試行錯誤、創意工夫を明らかにしていくことによって、斬新な研究成果を期待したい。特にツーリズムや食の研究に対するインパクトになるという視点での仮説構築、調査、分析を期待したい。

現代社会における周産期母子と社会的包摂

岡 いくよ(社会学研究科 博士課程後期課程2年)

 本研究の目的は、周産期にある人々とそれらをめぐる現状を通して、周産期にある母子および家族と社会との関係を明らかにすることにある。これまでの関連研究において、保健医療分野では妊産婦を医療やケアの対象として、社会から離れた医療の閉鎖的な関係の中で論じられてきた。また、人文社会科学分野では、リプロダクションを私的領域での女性の営みとして位置づけ、医療化問題、女性学的問題、出産の歴史的変遷などが論じられてきた。領域を問わず妊娠、分娩、育児を一連のプロセスとして論じることは少ない。
 他方、現代社会においては、育児に不安を抱える親は増加し、児童虐待相談対応件数は7万件を超え、妊産婦のうつや自殺者数の増加などが社会問題化している状況にある。このような社会問題の背景には、出産を切り離し、私的領域として捉えることで、周産期にある母と子は孤立化し、閉鎖的な関係の中に閉じ込められたことも関連する。周産期にある母と子および家族を広く社会的領域に引き出し、さらに妊娠、分娩、育児を一連のプロセスとして捉えることが必要であろう。以上を踏まえ本研究では、周産期にある母子および家族の社会的包摂について検討する。

講評

周産期母子を対象としつつ、従来の「生存」が重視されがちだった医療の現場での取り組みから視野を広げ、周産期母子の社会的包摂のあり方を問うという視角は、成熟社会においては非常に重要なテーマであるといえる。ただ、企画段階においては主として母親に焦点が当てられており、「母子」を社会がどのように包摂するのかという点でどのような研究が行えるのかを意識した研究が望まれる。特にネットの情報が出産・育児において大きなウェイトを占めるようになっている現状で、母子の周囲に必要な包摂がどのようなものであるのかを明らかにすることが重要だろう。当事者たちの生の声を聞き取りつつ、社会における問題発生のメカニズムや論理解明も期待したい。

「公共」補償の環境社会学的研究―奈良県吉野郡川上村の大滝ダム建設を事例に

奥田 絵(社会学研究科 博士課程後期課程1年)

 本研究は、公共事業の実施により生活空間を奪われることで、地域コミュニティが受ける精神的・文化的被害に対して、公共的にどのように補償することができるのかを明らかにすることを目的とする。
 公共事業は、公共福祉の増進がもたらされると考えられる一方で、開発対象地域では、地域住民が移転を迫られることや、開発後の地域環境や生活環境が悪化するなどの被害を生む。事業がもたらす被害に対して、現行の補償制度は個人あるいは法人格を持つ地域自治体などの主体が所有する財産権に対してのみ補償してきた(=損失補償)。しかし、実際の開発現場では移転によって地域コミュニティが解体するなど、移転コミュニティの人々はこれまでの日常生活から大きな変容を強いられる被害を受けてきた。
 そこで本研究は、奈良県吉野郡川上村の大滝ダム(1962着工/2012竣工)の村内移転をしたコミュニティに焦点を当てて、法の補償対象とされない住民の共同性を持続させてきた場としてのコミュニティに対する補償を「公共」補償として捉えることで、地域コミュニティがもつ固有の生活文化をどのように補償するのか、言い換えれば独自の文化を保全するのか(=文化的多様性)を明らかにする。

講評

ダム建設によって移転を余儀なくされた地域住民にとっての補償の対象をコミュニティにまで拡張する「公共」補償の概念を手がかりに、対象地域に住んでいた住民たちが経験した変化から、ありうべき補償のあり方を展望する意欲的な研究。行政が地域に「寄り添い」という形で神社の移転などの補償を行うという発想は非常に興味深く、それとコミュニティの変容という論点を合わせて考えるのは意義のあることだと思われる。しかしながら「コミュニティ」にせよ「補償」にせよ、それが当事者に与える影響は多義的なのであり、「補償ありき」で調査を進めるのは必ずしもよい実りにつながらないのではないかと思われる。この点について留意することが求められる。

蔦屋書店における文化的娯楽性と規範的公共性の展開と摩擦

笹部 建(社会学研究科 大学院研究員)

 近年、都市の新たな動向が関心を呼んでいる。住職一致の生活を求める傾向が増しており、ロードサイドの商業施設やショッピングモールよりも、駅から徒歩圏内のバルや居酒屋横丁などが改めて注目されている。これにより、従来型の店舗展開をしてきた企業も対応の変更を迫られている。
 本研究では、以上のような現代社会の都市観の変容の事例として、蔦屋書店をフィールドワークの対象として扱うことで、都市に生きる人々の心性と行動の諸相を明らかにしていきたい。
 蔦屋書店はレンタルショップと書籍販売の最大手である。国内の情報/消費社会化を牽引すると同時に、映画や音楽などのコンテンツを提供してきた。しかし近年、武雄市や海老名市の「ツタヤ図書館」騒動に見られるように、文化的娯楽性を追求した価値観と、公共機関としての図書館の価値観との間に、見解の相違が現れている。また同時に飲食店を併設して滞在消費型の書店経営を促進するとともに、複合商業施設「T-site」の展開なども行っている。
 このような多様な展開を見せる蔦屋書店を社会学的に捉えることにより、都市理論の刷新を図ると共に、地域や都市における文化的多様性と規範的公共性の両立の可能性を考えてみたい。

講評

現代における文化と公共性のコンフリクトの事例として、ツタヤ図書館や蔦谷書店、T-SITEといった新しい事例を採用し、そこにどのような都市イメージを見ることができるのかを明らかにしようとする研究である。ただ、「文化と公共性」「都市イメージ」という複数の論点が必ずしも整理されておらず、研究対象について調査する際の仮説の厳密さが求められる。また、カルチュア・コンビニエンス・クラブといういち企業の事業戦略と大きな社会の動きの間の関係性を明確にしなければ、調査と分析の間のミスマッチが生じる可能性があるので、まずは理論的な前提を確認しておきたい。

2016年度リサーチコンペ プレゼンテーション審査会のお知らせ

先端社会研究所は、その取り組む事業のひとつである「教育」の一環として、関西学院大学の大学院生・研究員を対象に、本研究所のテーマである「文化的多様性を尊重する社会の構築をめざした、社会調査を基軸とする先端的な研究」を理解し、将来の可能性が期待される「優れた先端的な研究」を募集しました。厳正な書類選考に基づき、以下5件の研究課題がプレゼンテーションを行います。助成受領者は、この中から、申請書類と、研究計画に関するプレゼンテーションの審査によって決定されます。

2016年度リサーチコンペ審査会  [ 239.50KB ]PDFファイル

プレゼンテーション審査会当日スケジュール

10:00~     開会挨拶

10:10~10:40  岡本真生(社会学研究科 博士課程後期課程1年)
          宗教的ヘテロトピアをめぐる実践・表象・政治性―「稲荷信仰」の事例から

10:40~11:10  広尾克子(社会学研究科 博士課程後期課程2年)
          フードツーリズムとその変容―北陸のカニツーリズムの事例より

11:10~11:40  岡 いくよ(社会学研究科 博士課程後期課程2年)
          現代社会における周産期母子と社会的包摂

11:40~12:10  休憩(30分)

12:10~12:40  奥田 絵(社会学研究科 博士課程後期課程1年) 
          「公共」補償の環境社会学的研究―奈良県吉野郡川上村の大滝ダム建設を事例に

12:40~13:10  笹部 建(社会学研究科 大学院研究員)
          蔦屋書店における文化的娯楽性と規範的公共性の展開と摩擦

13:10~     閉会挨拶

2016年度先端社会研究所「大学院教育支援事業」リサーチコンペ募集

2016年度先端社会研究所「大学院教育支援事業」
リサーチコンペ 募集要項

2016年度 先端社会研究所<リサーチコンペ> 研究計画申請書  [ 44.00KB ]XLSファイル

1.本事業の趣旨

先端社会研究所が取り組む「大学院教育支援事業」の一環として、全研究科大学院生・研究員を対象に、本研究所のテーマである「文化的多様性を尊重する社会の構築をめざした、社会調査を基軸とする先端的な研究」を理解し、将来それに貢献することが期待される「優れた先端的な研究」を募集する。そして、採択者(個人、もしくは数名のグループ)に対しては、一定額の研究助成を行い、当該研究のより一層の発展を支援し、研究者の養成を図る。

2.応募期間

2016年4月28日(木)~5月30日(月)16:30(時間厳守)

3.応募方法および採択決定までの流れ

1)応募
「2016年度 先端社会研究所<リサーチコンペ> 研究計画申請書」【様式1、2】に必要事項を記入のうえ、先端社会研究所事務室に提出。英文での申請可。
申請書は、先端社会研究所HP(http://www.kwansei.ac.jp/i_asr/index.html)よりダウンロード。

2)書類審査
「2016年度先端社会研究所リサーチコンペ審査委員会」において、次の評価ポイントにより書類審査を行い、「4)プレゼンテーション」に進む課題を選考。
  ①先端性 ②親和性 ③計画性

3)リサーチコンペウィーク
2016年6月13日(月)~18日(土)をリサーチコンペウィークとし、「研究計画申請書」を先端社会研究所ホームページにて公開する。

4)プレゼンテーション
書類審査を通過した応募課題について、公開でプレゼンテーションを実施する。
開催日 2016年6月18日(土)
場 所 先端社会研究所セミナールーム(社会学部棟3階)

5)採択決定
書類審査およびプレゼンテーションを通じて、先端社会研究所が取り組む「文化的多様性を尊重する社会の構築をめざした、社会調査を基軸とする先端的な研究」を理解し、将来それに貢献することが期待される「優れた先端的な研究計画」を採択する。

4.応募資格者

2016年度の時点における関西学院大学各研究科所属の大学院生ならびに大学院研究員・研究科研究員

5.助成内容と採択件数

個人研究の場合は1件につき20万円、共同研究の場合は1件につき40万円をそれぞれ上限とする。採択件数は、2016年度予算枠80万円の範囲内で決定する。
※なお、本制度による助成は、主として調査・研究活動に必要な経費を対象としているため、設備・備品等の購入は原則として認めない。

6.助成年限

2016年度内(研究期間:採択通知日~2017年3月31日)

7.申請書提出期限/提出場所

2016年5月30日(月)16時30分/社会学部棟3階 先端社会研究所事務室
※なお、提出時に学生証(研究員証)にて本人確認を行います。

8.採択決定通知

2016年6月22日(水) 申請者宛にEメールにて通知します。

9.研究成果の公表

本制度に採択された者は次のとおり研究成果を公表しなければなりません。
①「中間報告」の提出
  先端社会研究所紀要(2016年度発行予定分)に掲載されます。
②「研究成果報告書」(研究所所定様式)の提出
  2017年4月末日までに提出してください。なお、研究成果報告は一括して先端社会研究所のホームページに掲載します。
③「リサーチコンペ報告会」(2017年5月頃開催予定)での報告
④「先端社会研究所紀要」(2017年度発行予定分)への投稿

10.問い合わせ先

本募集に関する問い合わせは、全てEメールにて受け付けます。
問い合わせ先メールアドレス: asr@kwansei.ac.jp