リサーチコンペ 2011年度

[ 編集者:先端社会研究所   2014年7月14日 更新 ]

2011年度リサーチコンペの結果について

リサーチコンペの結果、次の6件が採択されました。

村の選挙から見る村民委員の両義性

林 梅(関西学院大学大学院社会学研究科大学院研究員)

1.概要

 本研究は、中国朝鮮族村を事例に、1988 年から中国農村で実施された村民委員会組織法に基づく、村の選挙を通して、村民から見る村民委員を考察することを目的にする。これまで中国農村研究では、村民委員は村民と対立する国家権力の末端を構成する他者、あるいは国家権力に受動的な村民に包含されて論じられてきた。そこでは、村のリーダーは村民の代表としての「自己」、村民委員は村における権力の代表としての「他者」として認識され、村民委員が「自己」と「他者」の両義性を兼ね備えていることへの検討は不充分であった。本研究は、こうした観点をふまえて、村民委員の選挙に、通時的な村のリーダーと村の幹部の考察を加え、それらと村民委員と関係性を明確にすることで、村民委員の両義性を検討したい。

2.学術的特色

 村民委員会組織法の施行を契機に注目されるようになった「村民自治」研究における二つの先行研究から見ると、まず、国家による「村民自治」の推進は、有力者層の基礎社会に対する恣意的なコントロールを制御し、行政村の公的な枠のなかに凝集させる(田原2001:16)と、いう村民リーダーの権力側への吸収を説明したものがある。次に、現実的に基礎社会の膨大な資源をコントロールする基礎政権である村民委員会が必ずしも国家の政策を順守しないことと、基礎政権と村落との分離によって、幹部の「脱離群衆」による社会矛盾が激化する(張2006:331)と、いう村民と村民委員の対立関係及び、国家権力に対して私利私欲で動く村民委員の存在がある。このような先行研究から見ても、本研究の意義は大きいと考える。
<引用文献>
田原史起2001「村落自治の構造分析」『中国研究月報』55(5) 1-23 2001-05-25 社団法人中国研究所。
張文明2006『中国村民自治の実証研究』御茶の水書房。

講評

 研究計画の具体性、研究費使途の明確性、研究の先端性、他者問題との親和性もいずれも好評価。
 本研究募集での研究として適切であり、今日的な成果が期待できる。
 申請者によってすでに一定程度以上関連する研究が進んでいるようではあるが、新たな事例研究について詳細が明らかにされることを期待する。研究所の趣旨とよく適合しており、プレゼンも上手。一定の成果が望めそうに思われる。
 国家権力と村民を結ぶものとしての村民委員のもつ自己と他者の二面性をテーマとした点、朝鮮民族を事例にすることでもう一の他者性を対象化した点をともに評価したい。

東日本大震災の慰霊祭等にみられる集合的記憶の研究

福田 雄(関西学院大学大学院社会学研究科博士課程後期課程2年生)

概要

 今年東日本を襲った大震災の生々しい体験は、いまもなお人びとの心に強烈な印象が刻み込まれている。ただ地震発生日から時間が経過していくにつれて、そうした直接的・個人的な体験が、非体験者にも共有可能な集合的経験として抽象化していくことが予想される。アルヴァックスは、こうした過去の体験が、空間、時間、歴史という「社会的枠」のなかに、集合的記憶として構成されると論じたが、そうした「枠」があらわれる社会現象のひとつが慰霊祭や追悼式という社会現象である。そこでは象徴的な舞台装置のもと、死者という「他者」表象を媒介として、過去—現在—未来における生のあり方が規範的に演じられる。山泰幸(2006)は、「象徴的復興」という概念を提唱し、災禍における象徴的次元にかかわる研究の重要性を指摘しており、そのほかにも慰霊や追悼という営みへの社会学的研究については、記念碑に注目したものがある(粟津2000、今井2001)。しかし、とりわけ儀礼や語りという身体的表象に注目した研究は数えるほどしかない(Post et al. 2003)。
 本研究の目的は、儀礼と語りという身体をもちいた慰霊や追悼という記憶実践のなかに、そうした集合的記憶がつくられるあり方を記述することにある。修士論文において、申請者は長崎市原爆慰霊平和祈念式典のなかの儀礼の通時的分析を通して、長崎市という共同体、ナショナルな共同体を越えて、被爆の経験が〈われわれ〉のものとして位置づけられていく様子を記述した。そうした儀礼を通した災禍の記憶の構築は、人為的災禍ばかりでなく自然的災禍にとっても同様にみられると思われる。はやくも「3.11」が、「終戦」や「明治維新」とならぶ時代の転換点として評され始めていることからわかるとおり、東日本大震災は、単に限られた地域における一過性の出来事を越えた社会的出来事として今後語られ、表象されるものと思われる。そうした数十年にもわたり想起され続けるであろう災禍の、その一周年(忌)という始めの区切りに行われる慰霊祭の様子を記述することは、今後の記憶の変遷を分析するにあたり、きわめて重要な価値をもつと思われる。

講評

 先端性に難あり。これまでの研究を現在進行している状態に結びつけている面が期待できる。ただ被災地での「調査」は細心の注意が必要であり、再考を要する。調査への入り方に問題を感じる。宗教者とともに現地に入るということも含めて研究の枠組を再考し研究を進める必要があるのではないか。
 記憶が構築されていく過程を、同時進行的に体験、研究できる貴重な機会と思う。プレゼンはもう少し落ち着いて。

 テーマは「先端性」「親利性」「計画性」のすべてをある程度の水準をもって満たしているものと思われる。

 東日本大震災をめぐる慰霊や追悼の行事や儀礼は、例えば百箇日法要と民族芸能の上演の組み合わせのように、記憶を解釈だけではなく、共同体や社会関係を再構築していく実践的な役割をも有している。

環境開発と地域再生に関するローカル知についての研究

葛西 映吏子(関西学院大学大学院社会学研究科大学院研究員)

概要

 本研究は、環境開発と開発によって崩壊した地域再生の過程を、生活者の生活経験から明らかにし、地域の再編の有り様や道筋を考察することを目的としている。主なフィールドはネパール連邦民主共和国の首都カトマンズ近郊の市町村(パタン、キルティプル)である。
 環境悪化の深刻な都市中心部と、近郊村落において、都市先住民族であるネワール族の生活文化、水利用や伝統的儀礼の変容に焦点をあてる。2008 年の王政崩壊後、ネパールは政権交代による社会状態の混乱期にあり、生活世界の外部(海外・政府・NGO など)からの開発・援助が常に行われている。こうした介入は社会の再編にとって重要なものではあるが、そのなかで変容させられるローカルな生活や知識が直面する問題も多い。
 信仰と結びついていた伝統的資源利用や共同性が崩壊し、コミュニティをベースとした生活知も失われつつある。消費文化の浸透やグローバル化、さまざまな文化の遺産化がすすめられるなかで、いかにしてローカルな文脈で生活知が再構築されていくのか、今後、何をどのように残し、また変えていくべきなのかを模索するうえで非常に重要なのは、ローカルな生活文化から開発・援助を考えなおすという視点であると考える。
 現在カトマンズにおける大きな環境問題をひきおこしているのが、生活廃棄物である。ネパールにおける「ゴミ」問題は、生活の近代化とともに起こった、カースト変容やケガレ観念の変容と深く関係している。ケガレ論には多くの蓄積があるが、関根康正のいうように、ネパールの「ゴミ」問題は、外から持ち込まれる「浄-不浄」イデオロギーによる二項対立的区分によってではなく、境界性を受容していくようなケガレ観念の解釈的問題として把握する必要があると考える。

講評

研究計画の具体性、研究費使途の明確性、研究の先端性、他者問題との親和性もいずれも好評価。
この研究募集のテーマとしての「部分」および、それを解明する方法として疑問が残る。
現地の情報をぜひつぶさに見てき来て頂きたい。
後の課題でしょうがキルティプルのゴミ問題解決のための具体的な政策提言にもつながれば、なお良。
問題解決の実践的な意義を有する研究であるとともに同様の問題を抱える他の世界への応用を可能とすることも期待できる。他方ケガしについては、差別される主体による解釈や意味付けの変化を示す以上のことができるのだろうか。

地方建築界の研究―建築家/建築士と他者問題について―

松村 淳(関西学院大学大学院社会学研究科博士課程後期課程1年生)

概要

 本研究は博士論文として構想中の「建築界の総合的研究(仮)」の一部をなす重要な研究である。博士論文ではピエール・ブルデューの「champ(界)」概念を援用しながら、以下の3 つのテーマについて記述分析する予定である。
 1. 明治以来の建築界の生成発展の歴史の記述分析。
 2. 建築界を参与観察し現在の建築界の記述分析とその中で卓越化のゲームを繰り広げる建築家/建築士たちの実践や戦略を描き出す。
 3. 建築家と建築士の間にある見えない分断線の様相の記述分析。
 今回の調査では地方在住の建築家/建築士に焦点を当てる。彼らの仕事の進め方やライフスタイル、趣味や価値観などを総合的に調査することによって、地方の建築家/建築士と彼らが包摂される地方(香川県の)建築界の全貌と現状を記述分析する。それは次年度以降展開予定の都市部における建築界の調査との比較資料ともなる。さて、地方の建築家/建築士は、東京や大阪などの大都市部で活動する者たちと比べ、仕事の量や質などで圧倒的に苦戦しているのが現状である。それは仕事の絶対量の不足という要因もあるが、建築家/建築士という職業に対する認知不足という要因も少なくない。とりわけ、建築家という職能についてはそれを担保する資格などは存在しないため、特に地方では認知不足は否めない。特に、今回の調査予定地である香川県は建築学科を持つ大学は存在しないこともあり、殊更その傾向は強いと考えられる。地方の建築界は大都市部と同様にいくつかの下位界によって構成される。まず建築士による界があり、その中に建築家界がある。技術者色の強い一級建築士(あるいは二級建築士)として自らを規定するのではなく、「建築家たらん」とする者は自分自身を「建築家らしく」みせようとする。趣味や服装に気を遣い、ブログに記事を書く。建築家と建築士は資格の有無による差異化が図れないので常にこのようなセルフ・プロデュースを繰り返すのである。
 また、彼らが属する地方建築家界はその存在基盤がぜい弱である。ゆえに界自体を活性化するための試みとして、ボランティア活動や展覧会、住宅相談会などを行ったりしている。そのような建築家たらんと奔走する者を「尻目に懸け」仕事に向き合う技術者としての建築士たち。建築家/建築士、双方の仕事を参与観察しながら彼らの相違点を洗い出し、両者の間に引かれた分断線の様相、お互いを「他者」として認識しあう現状を確認したい。

講評

他者問題との親和性をあと一歩つきつめてもらえば。おもしろい研究ではないかと思われる。
すでに何か定まっているようなのでこれが本人にとって新たな研究とは言えない部分があるのかもしれないが、まだまだ新しい情報が得られそうなのでこの部分に期待が持てる。
職業ごとの下位文化(サブカルチャー)研究の系譜をたどってみては?
コメントにもあったようにアイデンティティの視点を入れてみてはどうか?
建築家/建築士のような対比は現在社会の様々な分野で近似のものを見出せるかもしれないが、歴史的背景、法的制度、政治経済との関わり、関係人口の多さなど、多くの点で、検討する意義があるように思う。

事件・災害を含む文化遺産の再解釈―三池炭鉱の保存・公開を事例に―

西牟田 真希(関西学院大学大学院社会学研究科大学院研究員)

概要

 本研究の目的は、事件や災害を含む記憶が文化遺産にどのような役割を果たすかを明らかにすることである。記念となる場所やモノを残そうとする現代は、事件や事故なども文化財や文化遺産になったものを通し、文化的な価値をまず初めに通過しないと、その記憶にはたどりつけないという順番になっている。2011 年5 月26 日に筑豊の過酷な炭鉱労働を描いた山本作兵衛の絵画が、日本で初めてユネスコの世界記憶遺産に認定されたことは、その傾向の最たるものである。こうした活動のように炭鉱労働に文化的価値を見出そうとする動きは、ますます活発になると考えられる。
 国の重要指定文化財に登録されつつも、閉山の1997 年(3 月30 日)時まで実際に使用されていたような三池炭鉱跡の場合、利用していた者の体験や記憶が存在する。その体験を語る証言は、厳密には文化財保護法にある無形文化財のような法律で認定されているわけではないが、現地においては、大いに同等の役割を発揮する。実際に、観光に活用する段階においては、元炭鉱労働者のガイドによって現地説明がなされ、博物館では住民による証言映像が流され、実体験の記憶にもとづく説明によって、炭鉱に対する理解を促すところが大きい。そこには、建物だけでなく、彼らの体験も炭鉱の文化的価値を裏付けるためのひとつであるという価値判断がこめられている(証言による文化遺産の説明については、(荻野2002)を参照)。だが、労働争議や爆発事故についてはまちづくりや観光の面ではあまりふれられず、博物館の証言映像のような場所にみられる。本研究では炭鉱のもつ事件や災害の記憶と文化遺産の価値がそれぞれどのように扱われているか、その過程と問題点を明らかにしたい。
<参考文献>
荻野昌弘,2002, 「かたちのないものの遺産化」荻野昌弘編『文化遺産の社会学――ルーヴル美術館から原爆ドームまで』新曜社, 213-228.

講評

 研究計画の具体性、研究使途の明確性が好評価。ただし、先端性およびテーマの代表性において向上の余地がある。申請者の従来の研究の継続性があり一定の成果は期待できるが、反面3.11以降の研究者の視点の変化(あって当然ではあるもの)が十分に反映されているとは言いがたい。
 テーマは興味深い。記憶を共有していると想定される人々について、個々人の属性や意識の変化・差異などをフレームワークに組み込む必要はないであろうか。
 「三池」をどう位置づけるか、についてもう少し意識的である方がよいのでは。蛇足ながらRKB毎日のディレクターであった故木村栄文氏に何本か筑豊(炭鉱)をテーマにしたものあったはず。
 「三池炭鉱」というテーマの対象が「先端的」かという点で疑問が残る。
 文化遺産の対象となる時空間のスケールと本研究が対象とする三池炭鉱。しかも1960年前半の時代という限定されて時空との間をどのようにつなぐことができるのか。そこが課題が残るように思う。

戦後日本における文化人のメディア表象-寺山修司を事例として-

笹部 建(関西学院大学大学院社会学研究科博士課程後前期課程2年生)

概要

①研究の概要と目的
 本研究では、1960 年代から70 年代にかけて様々な表現形式と流通媒体を横断した文化人である寺山修司(1935~1983)の活動を事例とした、メディア論による戦後における大衆文化の分析が目指される。
かつてハワード・ベッカーは「芸術界」の概念を提示し、芸術家たちが自身をどのようにレイベリングし、またその活動をどのように位置づけていくのかを論じた(Becker,1982)。しかしそういった芸術家たちとは異なる、マスメディアの発達により各「芸術界」を横断することで人々に認知される人々、すなわち文化人が登場する。南後良和は1960 年代以降のテレビの普及により大衆と文化人の関係が変質したことを指摘しているが(南後2010)、このような様々な分野を越境していく文化人を考えるとき、短歌・テレビシナリオ・演劇・映画などの多様な表現ジャンルで活躍した寺山修司は格好の事例となる。

②研究の先端性と価値
 2000 年代以降、とりわけマスメディア上で1960 年代とその前後の時代に関するノスタルジックな言説が語られてきた。これらに対して既に客観的な1960 年代や昭和30 年代に関する研究は進められているが(小熊2009、高野・難波編2010 など)、当時の1 人の文化人を対象にした研究は少ない。
 また本研究の事例である寺山修司は、当時の社会における、都市に対する地方出身者のあり方を批判的に表現した作品を多く遺している。青森県という風土の下で育ち、三沢市の在日米軍基地の周辺で暮らしていたこともある寺山が、その後上京し自らの出自を様々に脚色しながら語っていく過程を見ることにより、当時の東京における地方人の他者性と、それに対する地方人の対抗文化の形成を読み取ることができると考えられる。
<参考文献>
Becker, Howard S. Art Worlds, University of California Press , 1982.
南後由和・加島卓編『文化人とは何か?』東京書籍2010.
小熊英二『1968』上下巻新曜社2009.

講評

 問題設定の先端性にやや再考の余地あり。もう一歩「他者」問題をふみ込んでほしい。
 テーマは興味深い。同時代的な情況(コンセプト)、文化人の在り方をめぐる研究手法についてもう少し精査が必要か。誰にとって、いつ、どのように寺山修司は他者だったのか。という視点は重要。
 主題と副題の間にギャップがあるように思われる。

2011年度先端研リサーチコンペに10名の応募がありました。

先端社会研究所は、その取り組む事業のひとつである「教育」の一環として、関西学院大学の大学院生・研究員を対象に、先端社会研究所が取り組む「他者問題」に関して将来の可能性が期待される「優れた先端的な研究」を募集しておりましたところ、以下10名の応募がありました。申請書の内容は7月4日~9日のリサーチコンペウィークの期間中、当HPにて公開されます。


1.平田 祐子(人間福祉研究科大学院研究員)
  母親が求める子育て支援総合コーディネート像

2.林 梅(社会学研究科大学院研究員)
  村の選挙から見る村民委員の両義性

3.福田 雄(社会学研究科博士課程後期課程2年)
  東日本大震災の慰霊祭等にみられる集合的記憶の研究

4.葛西 映吏子(社会学研究科大学院研究員)
  環境開発と地域再生に関するローカル知についての研究

5.松村 淳(社会学研究科博士課程後期課程1年)
  地方建築界の研究―建築家/建築士と他者問題について―

6.仲 修平(社会学研究科博士課程前期課程2年)
  職業意識の変容に関する社会学的研究―自営業者の主観的価値に着目して

7.梅本 恵(教育学研究科博士課程後期課程2年)
  性役割形成過程における幼児と保育者の相互作用に関する研究

8.西牟田 真希(社会学研究科大学院研究員)
  事件・災害を含む文化遺産の再解釈―三池炭鉱の保存・公開を事例に―

9.木原 弘恵(社会学研究科博士課程後期課程3年)
  地域コミュニティの再編と境界に関する研究

10.笹部 建(社会学研究科博士課程前期課程2年)
  戦後日本における文化人のメディア表象-寺山修司を事例として-




助成受領者は、この中かから、本申請書の審査とともに、申請者自身によるプロポーザル発表の審査を受けて決定されます。なお、発表は、一般公開により、以下の日程・場所で実施されます。

2011年7月9日(土)10:00-16:00
関西学院大学先端社会研究所セミナー室(社会学部棟3階)

リサーチコンペの参加者を募集します。

先端社会研究所が取り組む事業のひとつである「教育」の一環として、本学全研究科大学院生・研究員を対象に、先端社会研究所が取り組む「他者問題」に関して、将来の可能性が期待される「優れた先端的な研究」を募集いたします。


2011年5月30日
先端社会研究所

2011年度先端社会研究所「教育事業」リサーチコンペ 参加者募集要項

1.本事業の趣旨

先端社会研究所が取り組む事業のひとつである「教育」の一環として、全研究科大学院生・研究員を対象に、先端社会研究所が取り組む「他者問題」(※)に関して、将来の可能性が期待される「優れた先端的な研究」を募集する。そして、採択者(個人、もしくは数名のグループ)に対しては、一定額の研究助成を行い、当該研究のより一層の発展を支援し、研究者の養成を図る。

2.応募期間

2011年6月1日(水)~6月27日(月)16:30(時間厳守)

3.応募方法および採択決定までの流れ

1)応募
「2011年度 先端社会研究所<リサーチコンペ> 研究計画申請書」【様式1、2】に必要事項を記入のうえ、期日までに先端社会研究所事務室に提出する。英文での申請可。
申請書は、先端社会研究所HP(http://asr.kgu-jp.com/top/)よりダウンロードしてください。
2)リサーチコンペウィーク
2011年7月4日(月)~9日(土)をリサーチコンペウィークとし、提出された「研究計画申請書」を先端社会研究所ホームページにて公開する。
3)プレゼンテーション
7月9日(土)、社会学部棟3F先端社会研究所セミナールームにおいて、コンペ応募者による研究計画に関する「プレゼンテーション」を公開で実施する。
4)採択決定
2011年度先端社会研究所リサーチコンペ審査委員会において、提出された「研究計画申請書」およびリサーチコンペウィーク中に行われた「プレゼンテーション」の双方について評価を行う。その結果、先端社会研究所が取り組む「他者問題」に関する将来の可能性が期待される「優れた先端的な研究」としての成果が期待される研究計画を採択する。

リサーチコンペ研究計画申請書  [ 42.00KB ]XLSファイル

4.応募資格者

2011年度の時点における本学研究科所属の大学院生ならびに大学院研究員・研究科研究員

5.助成内容と採択件数

個人研究の場合は1件につき20万円、共同研究の場合は1件につき40万円をそれぞれ上限とする。採択件数は、2011年度予算枠100万円の範囲内で決定する。
※なお、本制度による助成は、主として調査・研究活動に必要な経費を対象としているため、設備・備品等の購入は原則として認めない。

6.助成年限

2011年度内

7.申請書提出期限/提出場

2011年6月27日(月)16時30分/先端社会研究所事務室(社会学部棟3階)
※なお、提出時に学生証(研究員証)にて本人確認を行います。

8.採択決定通知

2011年7月12日(火) 申請者宛にEメールにて通知します。

9.研究成果の公表

本制度に採択された者は次のとおり研究成果を公表しなければなりません。
①「研究成果報告書」(研究所所定様式)の提出
  2012年4月末日までに提出してください。なお、研究成果報告は一括して先端社会研究所紀要ならびに研究所のホームページに掲載します。
②「先端社会研究所紀要」(2012年度上半期発行)への投稿

10.問い合わせ先

本募集に関する問い合わせは、全てEメールにて受け付けます。
問い合わせ先メールアドレス: asr@kwansei.ac.jp

                          以上

※「他者問題」とは

情報コミュニケーション技術の発達、人的移動の増加、資本主義の世界的拡大は、国・地域・集団の境界内に留まっていた人、モノ、サービス、情報等が接触する機会を爆発的に増加させています。これは、人種・エスニシティ、宗教、ジェンダー、セクシュアリティ、階級・階層など身体的、文化的、経済的、社会的に異なる(と考えられる)ものが「他者」として包摂、排除、支配される場の拡大をもたらします。他者問題とは、2つ(以上の)の集団や社会が接触する、あるいは1つの集団や社会内に亀裂が生じて起こる問題で、そこでは互いを理解不可能な「他者」として見る傾向が高まります。と同時に、異なる集団間の境界に位置するためどちらからも「他者」とみなされる人々や集団が生まれます。多くの場合、他者問題のもとでは抑圧や排除を通じた暴力が発揮されがちです。
「他者」をめぐる境界は明確に決められたものでなく、紛争や災害の発生に伴って、突発的に「他者」が生み出されたり、あるいは逆にそれまで「他者」として排除されていたものが「わたしたち」の一部に組み入れられたりする場合もあります。こうした「他者」の生成の社会的プロセスを明らかにすることが、先端的な社会研究には求められています。