リサーチコンペ 2012年度

[ 編集者:先端社会研究所   2014年8月21日 更新 ]

先端研リサーチコンペ 2012年度採択者による成果報告書

先端研リサーチコンペ2012年度採択者6名より提出された成果報告の概要は、以下の通りである。

引揚者をめぐる排除と包摂―戦後日本における「もう一つの『他者』問題」―

藤井 和子

1.研究進捗状況

 本研究は、戦後日本の地域社会において、引揚者(1945年の日本敗戦により海外植民地等から帰還した日本人)に対する排除と包摂はいかに行なわれてきたか、そのダイナミズムを現地調査によって解明しようとするものである。
 敗戦直後、日本本土には600万人を超える引揚者の流入があった。彼らの上陸後の行き先は、出身地など縁故の地、東京・大阪などの大都市や各地方都市、新たに開拓されることになった戦後入植地などなどさまざまであったが、いずれの地においても、引揚者は、地域社会における排除と包摂の対象とされてきた。
 そこで、本研究では、敗戦直後から今日に至るまでの68年間に、各地域社会において、①引揚者に対する排除はどのような形でなぜ行なわれたのか、②引揚者が地域社会に「包摂」される場合、それはどのような契機でいかに行なわれたのか、③「排除」と「包摂」の相互関係はいかなるものであったか、という問題を設定し、長崎県壱岐島、福岡県、及び茨城県西茨城郡現地調査を実施して分析を行なった。
 これまで、戦後日本社会における「他者」問題としては、在日朝鮮人をはじめとする在日外国人の排除と包摂の問題が多く取り上げられてきたが、引揚者もまた、地域社会において「他者」化され、排除と包摂の対象とされた人々であった。今回の調査で、経済的に困窮した引揚者に対する「排除」が確かに存在していたことが確認された。しかし社会的に「包摂」されるようになったとき、「包摂されてたまるか」という引揚者のアイデンティティが確立したことが分かった。この「排除」と「包摂」という単なる二項対立でくくれない社会研究は、未だ行なわれていない。これが本研究の意義であり、この「もう一つの『他者』問題」というべき引揚者問題をとりあげることで、日本社会の「他者」問題についての理解をより立体的なものにすることができる。
 今後は、引揚者たちが引揚げ体験や朝鮮での生活を家庭や職場で語ることができなかった「沈黙の壁」にも着目し、「排除」と「包摂」との関連などを解明していきたい。

2.発表論文、学会発表等

 先端社会研究所紀要 論文投稿予定 「引揚者の精神史―戦後開拓者のライフヒストリーから」

貧困地域で興隆するペンテコステ派キリスト教―サブサハラ・アフリカ地域を事例に

三阪夕芽子

2. 発表論文、学会発表等

 関西社会学会第64回大会にて、牧師・伝道師の役割に焦点をおきながら、国家のあり方について検討した報告を行う予定である。過渡期にあるケニア・ナイロビを事例に、キリスト教が担う役割の考察を通じて、グローバル化がもたらす国家のあり方について報告する。

災害の慰霊・追悼にみられる記憶の持続と変容についての社会学的研究

福田 雄

2. 発表論文、学会発表等

 Yu Fukuda、「Toward the Theory of Post-Disaster Ritual」、『Workshop on Salvage and Salvation: Religion, Disaster Relief, and Reconstruction in Asia』、Singapore, Singapore、(November, 2012)
福田雄、「災禍の儀礼論に向けて:慰霊・追悼の社会学的研究」、『日本社会学会第85回大会』、北海道、2012年11月
福田雄、「死者と生者を分かつもの/死者と生者が分かち合うもの<書評:石井光太『遺体:震災、津波の果てに』新潮社、2011>」、『KG社会学批評』、関西学院大学先端社会研究所・関西学院大学大学院社会学研究科、第2号、pp. 53-54、2013

インド・タール沙漠の移動/定住をめぐる言説空間とジョーギーの自己認識に関する研究

中野歩美

1.研究進捗状況

 本研究の目的は、インド・タール沙漠地域における移動/定住をめぐる言説に焦点を当てながら、現地に暮らす移動民ジョーギーが、周囲の社会・人間関係のなかでどのような自己認識を形成し、また、彼らが日々を生き抜いていく中で、そうした自己認識が生活実践においていかに立ち現れるのかについて検討していくことであった。具体的には、1)移動と宗教性、2)移動と地域性、3)移動とグローバル化、という3つの観点を中心に検討するという計画を立てた。そのうち2012年度については、前者の2項に焦点を置き、研究を進めた。そのため以下では、1)と2)を中心に、研究の進捗状況と、今後見込まれる成果について記す。
1)移動と宗教性
 これまで、南アジア地域における移動民の研究においては、牧畜や職工など、移動という生活様式の要因は、常に生業と結び付けて考えられてきた。だが、今回の聞き取り調査によって明らかとなった重要な点は、ジョーギーの人びとが、かつて聖地巡礼を目的として移動をおこなっていたと主張する点である。ジョーギーに関する先行研究では、宗教と移動との結びつきはほとんど重視されてこなかった。その理由は、ジョーギーという人びとが、サドゥーという呼称で知られるような、インドに広く存在する遊行者の集団というよりも、いわゆるジャーティという枠組みで表されるような、親族集団に見えるためである。かつては宗派の帰属を表していたジョーギーという集団単位が、いかにして親族集団やジャーティと変化していったのかについて、今後さらに詳しく検討していく必要がある。
2)移動と地域性
 今回の調査を通して、現在のジョーギーと村の定住民との関係は、「異人」研究が示すような、村を基準とした自/他、あるいは包摂/排除の関係は薄れ、いくつかの局面においては、むしろ村の定住民同士の関係に近づいていることが明らかとなった。その背景として、州政府が住民登録を進め、家を建てるための資金や仕事、食糧の提供をおこなうといった政策の影響をあげることができる。だがその一方で、村の敷地内に家を建てることはできない、現在も食材を求めて近隣の村へ物乞いにいくなど、かつての慣習が未だに残されていることもまた事実である。今後こうしたジョーギーと定住民の関係の動態をより詳細に描き出すことで、本研究の大きな目的である、移動の言説の力学とジョーギーの自己認識の形成に関する考察に有益な示唆がもたらされると考える。
 以上、2012年度の研究経過について報告をおこなった。今後も文献研究ないし現地調査を継続しておこなうことで、定住/移動という円のなかで周辺化された人びとの視座に立ち、彼らの生活戦術と自己認識の形成について考えていきたい。

2.発表論文、学会発表等

 なお、本研究調査の進捗状況と成果は、2012年度九州人類学研究会オータムセミナーと、第63回神戸人類学研究会において報告された。また、これらを通して得られた知見を取り入れながら研究成果を学術論文としてまとめ、『先端社会研究所紀要』に投稿する予定である。

地方建築界における他者問題の研究 「グローバル/ナショナル/ローカル」という視座から

松村淳

1.研究進捗状況

 2012年度は、昨年度に引き続いて建築家に対する聞き取りを行った。地方の建築家を取材する中で、何をどのように社会学的問題としてすくい上げていくのかに関して試行錯誤の日々が続いた。結果、なかなか試論に次ぐ試論がたくさん生まれ、社会学の論文としてまとめるのに苦労した。そのような中、まず過剰労働という側面に着目して、建築士たちの労働世界を描くことができた。それを一本の論文にまとめ、労働社会学研究へと投稿し、掲載されることとなった。
さらに、この論文を書く中で、浮上した様々な問題を切り分けて、二本目の論文とした。それが現在査読付き学術誌に投稿中の論文である。この論文は建築家の職業的アイデンティティに着目したものである。
これら、二本の論文はそれぞれ博士論文の一章を構成するものとなる。

2.発表論文・学会発表等

発表論文:
日本労働社会学会『労働社会学研究15』「働きすぎる建築士とその労働世界―愛他性とクリエイティビティはどのように過剰労働を導くのか―」(査読あり)(掲載決定)

紙上「身の上相談」における相談の回答技法に関する研究

矢﨑 千華

1.研究進捗状況

 資料は、1954年、1964年、1974年、1984年、1994年、2004年と1954年以降10年おきに収集した。そこで注目したのが、回答者の肩書きとその記載についてである。1954年、1964年の回答者はすべて女性であり、運動家あるいは活動家と呼ばれる人たちにより担われていた。1971年までは、回答者の肩書き(職業)の記載はないが1972年からその記載がはじまる。記載がはじまった1972年の回答者の肩書きは、「作家」「精神病理学者」「随筆家」「評論家」「弁護士」である。1972年以降からは、回答者の肩書きは必ず記載されるようになり、相談内容に「ふさわしい」あるいは「適切な」人選と回答が試みらるようになったことが読み取れる。加えて、戦前は相談者側の属性(年齢、性別、既婚・未婚の別、職業等)の記載はある場合とない場合のどちらも存在していたが、1954年以降は、相談内容の冒頭に必ず相談者の属性が記載されるようになっている。
 これは、相談者をある特定のカテゴリーに帰属させたうえで、そのカテゴリーに対応する回答を与えるという方法が採られていることを示している。明治時代、紙上「身の上相談」がはじまった当初においては、相談者の個人情報(氏名や住所等)を書くことが求められており、問題の一般化という作業は行われておらず、相談者その人個人に対する回答を与えるということが一義とされていた。それに対して、こんにちでは相談者の訴える問題をカテゴライズ(一般化)してそれに対応可能な「専門家」を当てるという手法が採られているのである。しかしながら、さまざまな「専門家」が存在するこんにちにおいてももっとも多い割合(年間のうち40~50%)の回答者の肩書きは「作家」であるという点は特筆すべき点であると思われる。
 「作家」は、弁護士や心療内科医というような「専門家」とは異なる。彼らは、「話を書く」あるいは「話を作る」専門家である。そのような彼らが回答を行うのは、紙上「身の上相談」においては「物語を書く能力」が必要であるからだと言える。「身の上相談」とは、相談者が語る「身の上」というある種の物語として捉えることができる。それに回答を与えるという行為は、相談者の語る「身の上」の「真相」あるいは「裏側」を想像(創造)し、その続きの物語を考え語る行為である。
 回答に必要であるのは、専門的な知識や豊富な経験といったものというよりは、この「物語を書く能力」であると考えられるのである。説得的な解決策を提案するという行為は、その解決策へ至るまでの論理的な展開力が求められる。そのような展開力を発揮するのが「作家」という肩書きを持つ人びとであり、だからこそ「身の上相談」の回答者としての役割を果たすことが可能であると理解される。
 また、このような相談内容の一般化、回答者の肩書きの記載とその肩書きに合う相談内容の選別という行為の発生は、近代化のひとつの現れであると捉えることができる現象であり、この視点から「身の上相談」を考えることは社会学的に興味深い知見が得られると思われる。

先端研リサーチコンペ 2012年度採択者による成果報告会を開催します。

先端社会研究所は、教育事業の一環として、関西学院大学の大学院生・研究員を対象にリサーチコンペを行い、本研究所が取り組む「他者問題」に関して将来の可能性が期待される「優れた先端的な研究」を支援しています。採択者に対しては一定額の研究助成を行い、当該研究のより一層の発展を支援し、研究者の養成を図っています。

2012年度には、計6件の研究が採択されました。これらの研究の成果報告会を以下の通り開催いたします。本報告会には、どなたでもご自由にご参加いただけます。本報告会に関するお問い合わせ先は、先端社会研究所事務室(E-mail: asr@kwansei.ac.jp)です。

日時

5月11日(土)13:30-16:45

場所

関西学院大学上ヶ原キャンパス 先端社会研究所セミナー室(社会学部校舎3階)

報告者と研究テーマ

・藤井 和子(社会学研究科)
 引揚者をめぐる排除と包摂―戦後日本における「もう一つの『他者』問題」―

・三阪 夕芽子(社会学研究科)
 貧困地域で興隆するペンテコステ派キリスト教―サブサハラ・アフリカ地域を事例に

・福田 雄(社会学研究科)
 災害の慰霊・追悼にみられる記憶の持続と変容についての社会学的研究

・中野 歩美(社会学研究科)
 インド・タール沙漠の移動/定住をめぐる言説空間とジョーギーの自己認識に関する研究

・松村 淳(社会学研究科)
 地方建築界における他者問題の研究―「グローバル/ナショナル/ローカル」という視座から―

・矢﨑 千華(社会学研究科)
 紙上「身の上相談」における相談の回答技法に関する研究

2012年度先端社会研究所リサーチコンペ採択者の研究計画要旨および審査講評

採択者による研究計画要旨と審査の講評は、以下の通りです。

引揚者をめぐる排除と包摂―戦後日本における「もう一つの『他者』問題」―

藤井 和子(社会学研究科博士課程後期課程1年)

これまで、戦後日本の「他者」問題に関しては、在日外国人の問題が多く取り上げられてきたが、引揚者(1945年の日本敗戦により植民地等から帰還した日本人)もまた、地域社会において「他者」化され、排除と包摂の対象とされた人々であった。本研究は、この「もう一つの『他者』問題」というべき引揚者問題をとりあげ、戦後日本の地域社会において、引揚者に対する排除と包摂がいかに行なわれてきたか、そのダイナミズムを解明しようとするものである。
 敗戦直後、日本本土には600万人の引揚者の流入があった。彼らの上陸後の行き先は、縁故の地、大都市や各地方都市、新たに開拓される戦後入植地などさまざまであったが、いずれの地でも、引揚者は、地域社会における排除と包摂の対象とされてきた。
 本研究では、敗戦直後から今日までに、各地域社会において、①引揚者に対する排除はどのような形でなぜ行なわれたのか、②引揚者が地域社会に包摂される場合、どのような契機でいかに行なわれたのか、③排除と包摂の相互関係はいかなるものであったか、という問題を設定し、福岡、佐賀、長崎、茨城の国内4地域をフィールドに、現地調査を実施し分析を行なうものである。

講評

研究計画に示された調査期間内に濃密なライフヒストリーをどれだけ集めることができるかについては、不安がないわけではない。しかし、排除と包摂についてこの事例の中で具体的にどのような次元をみていけばよいかが、明確になっており、「他者問題」というテーマとの親和性は高い。

研究テーマは先端社会研究所の研究課題に対して親和性が高く,計画性もある。ただし,タイトルにも含まれる「排除と包摂」に関しては,具体的にどのような局面における何を指すのかが現時点では分かりにくい。また,引揚者は植民地において宗主国出身者としての在り方を経験していたとすれば,しかも日本において被差別対象になり得るが故に,かえって日本人であることを打ち出すような(戦略的本質主義的)実践もあり得たという側面を考えておく必要はないであろうか。

「他者問題」という研究所のテーマに合致した研究である。先行研究の問題点を把握した上で課題設定をしており、また調査計画も周到である。
排除と包摂というテーマにぴったりと合う研究で、内容的にも非常に練り上げられたものであった。在日朝鮮人の研究をしている藤井氏は、日本国内にいるまた別の他者として「引揚者」を取り上げ、そこに比較という視点を持ちこむという。これは戦後日本研究としても、マイノリティ研究としても、また移動する民に対する研究方向としても、新しいものだといえ、きわめて高い評価ができる。

貧困地域で興隆するペンテコステ派キリスト教―サブサハラ・アフリカ地域を例に―

三坂 夕芽子(社会学研究科博士課程前期課程1年)

近代化が進むにつれて、人々や社会にとって宗教の役割が衰退していくとされてきた。しかし、現代において宗教が人々の「生」を保障するための存在として、重要な役割を担っていることがある。その事例として、世界中で信者数を急激に増やしている宗教の一つ「ペンテコステ派キリスト教」があり、現在サブサハラ・アフリカ地域で顕著な興隆がみられる。この地域では、脱植民地化以降の急速な近代化によって、伝統社会的紐帯が崩壊し社会の不安が増大しているからこそ、人々がこの宗教を受け入れているのではないだろうか。これまで、信者がどのようにペンテコステ派を受け入れているかという先行研究は多いものの、布教する側である伝道師の実態、生成のプロセスなどはあまり議論されてこなかった。ペンテコステ派の伝道師は、飲酒や喫煙の禁止をはじめ厳格な「禁欲」主義を説く一方で、家や車の購入、富の獲得など「消費」を強く促す存在であり、両義性をもつ「他者」だといえる。本研究では、ペンテコステ派の伝道師に密着した現地調査を通じて、ペンテコステ派が興隆する要因や今後の拡がりを考察・分析していきたいと考える。

1. 研究進捗状況

 リサーチコンペの助成金を利用して、2月〜3月にケニア・ナイロビにてフィールドワークを行った。主に、ナイロビにおける独立系ペンテコステ派キリスト教会・伝道集会での参与観察と牧師・伝道師への聞き取り調査から得られたデータをもとに分析を進める。また、ケニアの新聞紙The Daily NationとThe Standard、教会が発行している雑誌、教会で配られるパンフレットなども収集してきたため、現在は資料収集と分析を行っている最中である。
 本研究では、ケニアの下層地域においてみられる伝道、需要状況、社会状況への関与について考察する(申請時)ため、特に教会の中心的役割を担う牧師・伝道師に着目している。牧師・伝道師は、飲酒・喫煙・性交渉などを厳格に禁止する禁欲的な生活を送ることの重要性を説き、自らも信者の模範となるように禁欲的な生活を送っている。その一方で、富や社会的地位の獲得、家や車の購入など、消費を強く促す媒介となっている。これらのことから、個人的な成功や繁栄が礼拝において強調されていることが指摘されてきた。しかし、実際の調査では、このような関心のみならず、国としての発展や部族主義の克服など、ケニア社会全体における問題が取り上げられていた。これは、私が調査を行った2013年2月〜3月が総選挙前後であったことが背景にあったのかもしれない。ケニアは選挙一色といった様子で、国民もメディアも今後の国家のあり方が中心的な関心であった。伝道師は、大統領候補全員が参加した集会において、国家の繁栄や平和を説いた。以上のことから、成功や繁栄が個人やコミュニティ内における関心事にとどまるのか、それとも国家や社会の関心事に向かうのかという問題を考える契機となった

講評

研究計画の内容は先端性が高い。一方で「他者問題」をそこにどのような形で有意義に組み込むべきかについては、もう少し理論化の余地がある。

興味深いテーマである。伝道師に対するつぶさな観察や聞き取りが重要であろうから,是非そうしてもらいたい。研究の枠組みとしては宗教,特に新宗教の研究が役立つ面もあろう。評者自身は天理教における中山みき,あるいは高度経済成長期における創価学会の勢力拡大など,新宗教の動向を想像しながら話を聞いた。なお,プレゼンテーションでは,同地の一般的な状況においてどのような宗教が信仰されているのかなど,基礎的な情報提供がなされても良かったかもしれない。

卒業論文では扱わなかった「伝道師」の役割に焦点を当てて研究を進めるとのこと、今後の成果に期待したい。

修士一年で、このような研究コンペに応募してくれたのは頼もしい。あまり日本では知られていないサブサハラのペンテコステ派キリスト教についての研究だが、実際にその地に分け入って人間関係をすでにつくっていることなど、その行動力には目を見張るものがある。

災害の慰霊・追悼にみられる記憶の持続と変容についての社会学的研究

福田 雄(社会学研究科博士課程後期課程3年)

 本研究は、東日本大震災をめぐる慰霊祭や追悼式への調査を通じて、現代日本における「災禍の儀礼」という現象を考察する。近代社会で最も重要な意味をもつ出来事は「偶発的事故」、「犯罪」、「災害」などによる「非業の死」である(ボードリヤール『象徴交換と死』)。現代日本においてそうした「非業の死」は、慰霊祭や追悼式などの儀礼的現象として顕在化するが、こうした現象の社会学的意義は、これまでほとんど検討されてこなかった。本研究計画は、災害をめぐり繰り返される象徴的実践を通して、いかに災禍が想起され、そのリアリティが共有され、継承されていくのかを明らかにする。
 こうした関心にもとづき、申請者は2011年度リサーチコンペの助成を受け主に宮城県石巻市および女川町における調査を行ってきた(詳細は、福田雄「慰霊・追悼の社会学:災禍の儀礼論に向けて」『先端社会研究所紀要』第8号)。ただ震災からの月日が経つとともに、震災の直接的・個人的な体験が、非体験者である「他者」にも共有可能な集合的経験としてさらに抽象化していくことが予想される。本研究は3.11をめぐる慰霊・追悼実践の継続調査を通して、災禍の社会的経験がいかに編成されていくのかという過程を明らかにするものである。

講評

博士論文の研究計画はある程度明確に示されていたが、今年度の研究で何をどこまで明らかにしようとしているのかについて、もう少し明確にする余地がある。

昨年度と同じテーマであるが,このテーマはまさに共時的につぶさに観察することにこそ意義があり,是非そうしてもらいたい。しかしながら,では,昨年度と同じような研究フレームで単純に継続すれば良いかと言えば,そうではない。メディアの役割,それに対する当事者たち自身の認識や実践などは旧来の記憶論が扱ってきたそれらとは大きく異なっているはずである。また原発問題のような過去の災害にはなかったコンテクストについても加味しながら,研究枠組みを設定する必要があろう。

プレゼンテーションは、まとまっていたが、やや踏み込みが足りない印象も受けた。今後の調査の進展に期待したい。

福田氏も昨年度の研究を継続する。東北の大震災はきわめて大きなテーマであるため、大いに期待したいところだ。福田氏はメディアの役割へと関心をひろげており、メディアが一体どのような機能を持っているのかについて分析してくれることが期待される。ぜひ、メディアにとって災害とは何かということを考えてほしいと思う。

インド・タール沙漠の移動/定住をめぐる言説空間とジョーギーの自己認識に関する研究

中野 歩美(社会学研究科博士課程後期課程1年)

本研究は、インド・タール沙漠における移動/定住の言説空間を微視的に描写しながら、ジョーギーという人びとの自己認識について考察していくものである。
現地で移動民の代表とされるジョーギーは、その生活様式の特徴から、時にカーナバードシュという範疇で語られる。この言葉は、直訳するとhouse on shoulderを意味し、家を持たずに移動を続ける人びとを揶揄したものである。彼らが周囲から「移動民」や「最下層民」として語られる状況は、行政の支援政策によってジョーギーの大半が住居を持つようになった現在でも変わらない。このことは、彼らが定住者や定住社会というヘゲモニー集団から「他者」として切り取られ、客体化された存在であることを示している。しかし重要なのは、彼らが定住社会から「他者(移動民)」として排他的な扱いを受けながらも、そこから完全には排除されず、状況に依拠したヘゲモニー集団からの包摂と排除という両方の態度が見出される点である。
上記の問題意識を踏まえ、本研究では、第一に、現地における移動/定住に関する言説空間を描き出し、ジョーギーが「他者化」される過程を明らかにすること、第二に、ヘゲモニー集団による排除と包摂を、ジョーギー自身がどのように解釈し自己認識へと反映させているのかについての考察を試みる。

講評

言説空間をめぐる問いを構制することがなぜ本研究にとり有効なのかについて、必ずしも明確にされていない。

おそらく,現時点では明確に概念規定できない集団であるジョーギーについて,現地で少しずつ理解していくという研究手法であるのだろうと(いささか好意的に)理解した。しかしジョーギーについて先行研究があるということなので,その各々における定義などを今少し適切なかたちで明確にした上で,課題を明示するのでなければ,聴衆はジョーギーについて適切に理解できないことであろう。また,プレゼンテーション中に思いつきを話すようなことも良いとは言えない。それでもなお,プレゼンテーションでも感じられたバイタリティを買いたい。

ジョーギーの持つ宗教的性格に焦点を当てるということだったが、単なる「宗教的」という言葉では説明できないような複雑さをどのように分析するか、枠組をしっかり考える必要があると感じた。今後の調査を通じ、検討して欲しい。

インドの非定住民の移動生活に関する分析で、これも日本ではあまり知られていない先端的な研究だといえる。すでにフィールドワークの実績もあり、また先行研究をおさえたうえで、新たな視点として移動民としてのジョーギーに宗教性を見ようとする研究目的は、明確かつ新しいものだといえよう。ぜひこのまま研究を進めてほしい。

地方建築界における他者問題の研究―「グローバル/ナショナル/ローカル」という視座から―

松村 淳(社会学研究科博士課程後期課程2年)

建築家/建築士という職能はいかなるものなのか。それが昨年度からの問いである。一部の建築家はグローバル志向な職能倫理を体現している。しかし、理想と現実(ローカルな実践)は大きく乖離していた。彼らが「建築家」足らんとするためには、下請けや施工業務などとの兼業をすることで生計を立てる建築家たち、つまりローカルな実践の世界にのみ生きる者たちや、住宅のブランディングを高め、客に対する訴求効果の高いワードとして人口に膾炙し始めた意味での「建築家」という名称を都合よく使う者たちから自らを卓越化/差別化することに「駆られ」てしまわざるを得ない。それは、同業者への斥力として作用し、彼らを簡単に他者化する傾向へと向かわせる。時にそれは、「仲間」を、繋留する引力として反転する。「グローバル/ローカル」という乖離は斥力/引力が作用した磁場を発生させ「地方」の建築業界を再編し続ける。今年度はさらに「ナショナル」という視座を盛り込む。これは「建築士」という(法)制度をめぐる問題である。「グローバル/ナショナル/ローカル」といった視座を導入することで、より立体的に地方の専門職の世界を記述分析していくことを目指す。

講評

他者問題への視点が本研究にとりどの程度意義深いのかについて、理論化をもう少し行う余地がある。

2年目の研究として重要な点は,前年度に残した課題を明示し,それに対し回答を出すことであろう。その点で新たなテーマ設定がいささか分かりにくかった。しかし今年度には是非一定の成果を挙げてもらいたい。モダニズムの運動がル・コルビュジエなどの一部のリーダー的「建築家」によって牽引されたのに対し,ポストモダニズム以降では建築1つ1つが個性を求められるようになったため,個性ある「建築家」が求められるようになったのではないか。それでもなお「住む」という住宅の使用価値それ自体は大きくは変化しないし,バナキュラーな慣行(の重視それ自体はポストモダニズムでもあり得るが)や政策的な資格付与の問題がどう絡むのかが問われていよう。グローバル/ナショナル/ローカルという3区分のモデルを使うのであれば,それを仮説として明確に示した上で,そこからずれてくる部分をも確認し,動向を明らかにする必要があろう。

グローバル/ナショナルといった用語の妥当性には疑問が残ったので、適切なフレームワークの下での成果に期待したい。

昨年度からの続きで研究をするという。地方建築士の立場として、芸術家としての「建築家」と技術者としての「建築士」という二つを往還しつつ、問題を深めていくところは、昨年度のテーマと連続性を持っているだろう。また、中間でぶれている人間が当然いるわけだが、今回はそこに着目するということで、研究の深みが増しているといっていい。

紙上「身の上相談」における相談の回答技法に関する研究

矢崎 千華(社会学研究科博士課程後期課程1年)

人びとの日常生活の悩み解決のための取り組みのひとつに紙上「身の上相談」がある。本研究では、『読売新聞』「人生案内」を対象として、相談においてどのように解決が提示されているのか、その言語編成に注目して考察を行う。これまでの「身の上相談」研究で注目されてきたのは、人びとが何に悩んでいるのかという、相談者側の言説についてであり、量的な調査により投稿者の属性や悩みの類型化を行うというものであった。そこで本研究では、先行研究においては焦点化されていなかった、相談者の問題として語られるものに対して行われる助言・提案に焦点をあて、それらの助言・提案がどのようにして可能になっているのかという仕組みについて明らかにする。本研究により得られる知見は、紙上「身の上相談」に限られたものではなく、各種のセラピーやカウンセリングなどの相談技巧にも応用可能なものである。相談者の悩みは、夫婦、親子、社会、家族、愛と性、仕事と多岐にわたる。これらは他者との関係における問題と呼ぶことができるだろう。これらの問題に対する回答あるいは解決方法の様式を明らかにすることで、他者との相克を乗り越えていくひとつの道が示される。

講評

「身の上相談」が一つのジャンルとして整序されていく歴史的プロセスにおける、さまざまな文脈での排除や包摂についても、視野に含めるべきだと思われる。

テーマそれ自体は興味深いものである。しかし研究のために使える時間は有限であり,その点を考えると計画性の点で問題が残る。そもそも「身の上相談」に関する歴史性が重視されないのであれば,対象数が15000もの大量の数値である必要はなく,むしろ何らかのカテゴライズによって記事の対象数を絞り込み,その各々の詳細な分析をおこなう方が妥当性が高いであろう。

興味深いテーマだが、同時代の身の上相談に絞るのか、歴史的な調査をするのか、やや焦点が定まっていない印象をうけた。

新聞紙上の「身の上相談」の分析という着眼点はいいだろう。しかし、だとすれば資料の分析にこそ時間と労力がかかるもので、出張などの必要性がどこまであるか、多少引っかからないわけではない。また、読売新聞の戦前からの紙面をたどるというが、その膨大な量をどのようにさばくのか、心配になるところだ。個人的には「身の上相談」がどの時代にどのような背景から変化していったかを展開してほしいと思う。

2012年度リサーチコンペプレゼンテーション実施報告

本日、2012年度リサーチコンペプレゼンテーションが無事実施されました。
これをもって、2012年度リサーチコンペウィークも終了いたします。
審査結果につきましは、後日お知らせいたします。

リサーチコンペの参加者を募集します。

先端社会研究所が取り組む事業のひとつである「教育」の一環として、本学全研究科大学院生・研究員を対象に、先端社会研究所が取り組む「他者問題」に関して、将来の可能性が期待される「優れた先端的な研究」を募集いたします。


2012年5月8日
先端社会研究所

2012年度先端社会研究所「教育事業」リサーチコンペ参加者募集要項

1.本事業の趣旨

先端社会研究所が取り組む「大学院教育支援事業」の一環として、全研究科大学院生・研究員を対象に、先端社会研究所が取り組む「他者問題」(※)に関して、将来の可能性が期待される「優れた先端的な研究」を募集する。そして、採択者(個人、もしくは数名のグループ)に対しては、一定額の研究助成を行い、当該研究のより一層の発展を支援し、研究者の養成を図る。

2.応募期間

2012年5月9日(水)~6月1日(金)16:30(時間厳守)

3.応募方法および採択決定までの流れ

1)応募
「2012年度 先端社会研究所<リサーチコンペ> 研究計画申請書」【様式1、2】に必要事項を記入のうえ、先端社会研究所事務室に提出。英文での申請可。
申請書は、先端社会研究所HP(http://asr.kgu-jp.com/top/)よりダウンロードしてください。

2)リサーチコンペウィーク
2012年6月18日(月)~23日(土)をリサーチコンペウィークとし、提出された「研究計画申請書」を先端社会研究所ホームページにて公開する。

3)書類審査
2012年度先端社会研究所リサーチコンペ審査委員会において、次の評価ポイントにより書類審査を行う。
 ①先端性 ②親和性 ③計画性

4)プレゼンテーション
書類審査を通過した応募課題について、次の通り研究計画に関する「プレゼンテーション」を公開で実施する。
 日時 2012年6月23日(土)13時より
 場所 先端社会研究所セミナールーム(社会学部新校舎3階)

5)採択決定
書類審査およびプレゼンテーションを通じて、先端社会研究所が取り組む「他者問題」に関して、「優れた先端的な研究」としての将来的な成果が期待される研究計画を採択する。

リサーチコンペ研究計画申請書  [ 42.00KB ]XLSファイル

4.応募資格者

2012年度の時点における本学研究科所属の大学院生ならびに大学院研究員・研究科研究員

5.助成内容と採択件数

個人研究の場合は1件につき20万円、共同研究の場合は1件につき40万円をそれぞれ上限とする。採択件数は、2012年度予算枠100万円の範囲内で決定する。
※なお、本制度による助成は、主として調査・研究活動に必要な経費を対象としているため、設備・備品等の購入は原則として認めない。

6.助成年限

2012年度内(研究期間:採択通知日~2013年3月31日)

7.申請書提出期限/提出場所

2012年6月1日(金)16時30分/先端社会研究所事務室(社会学部新校舎3階)
※なお、提出時に学生証(研究員証)にて本人確認を行います。

8.採択決定通知 

2012年6月25日(月) 申請者宛にEメールにて通知します。

9.研究成果の公表

本制度に採択された者は次のとおり研究成果を公表しなければなりません。
 ①「研究成果報告書」(研究所所定様式)の提出
  2013年4月末日までに提出してください。なお、研究成果報告は一括して先端社会研究所紀要ならびに研究所のホームページに掲載します。
 ②「リサーチコンペ報告会」(2013年度5月頃開催予定)での報告
 ③「先端社会研究所紀要」(2013年度上半期発行予定分)への投稿

10.問い合わせ先

本募集に関する問い合わせは、全てEメールにて受け付けます。
問い合わせ先メールアドレス: asr@kwansei.ac.jp
                          以上

※「他者問題」とは

情報コミュニケーション技術の発達、人的移動の増加、資本主義の世界的拡大は、国・地域・集団の境界内に留まっていた人、モノ、サービス、情報等が接触する機会を爆発的に増加させています。これは、人種・エスニシティ、宗教、ジェンダー、セクシュアリティ、階級・階層など身体的、文化的、経済的、社会的に異なる(と考えられる)ものが「他者」として包摂、排除、支配される場の拡大をもたらします。他者問題とは、2つ(以上の)の集団や社会が接触する、あるいは1つの集団や社会内に亀裂が生じて起こる問題で、そこでは互いを理解不可能な「他者」として見る傾向が高まります。と同時に、異なる集団間の境界に位置するためどちらからも「他者」とみなされる人々や集団が生まれます。多くの場合、他者問題のもとでは抑圧や排除を通じた暴力が発揮されがちです。
「他者」をめぐる境界は明確に決められたものでなく、紛争や災害の発生に伴って、突発的に「他者」が生み出されたり、あるいは逆にそれまで「他者」として排除されていたものが「わたしたち」の一部に組み入れられたりする場合もあります。こうした「他者」の生成の社会的プロセスを明らかにすることが、先端的な社会研究には求められています。