リサーチコンペ 2013年度

[ 編集者:先端社会研究所   2014年8月21日 更新 ]

先端研リサーチコンペ 2013年度採択者による成果報告書

先端研リサーチコンペ2013年度採択者5名より提出された成果報告の概要は、以下の通りである。

ろう児をもつ家庭における コミュニケーションの分析-ろう児をきょうだいにもつ聴児の言語使用を中心に

平 英司

研究成果(経過)

 本研究が対象とするフィールドは、日本手話と日本語が共存する「ろう児をもつ聞こえる親の家庭(以下、手話家庭と呼ぶ)」である。このような家庭における聞こえる子ども達(ろう児のきょうだい)は、家庭内で日本手話と日本語のバイリンガル環境の中で育つ。
 日本手話と日本語のバイリンガル環境に育つ聴児はどのような言語習得や言語使用を行うようになるのだろうか。このような問いに対する研究は、ほとんどない。長年、口話主義のもと、ろう児が音声発話を身につけるために、学校でも家庭でも日本手話の使用は否定的であり、聞こえる親が日本手話を学び、家庭内で日本手話を用いてろう児を育てるという家庭は、日本では近年出現し始めた新しいタイプの家庭だからである。

 今回、関西学院大学先端社会研究所の協力の下、関東にある3件の手話家庭の食事時のデータ(計:73日分)を収集することができた。(手話家庭のコミュニケーションのデータベースの構築自体、今後の手話家庭研究における大きな成果であると考えられる。)
 今回のデータから、2歳の聴児の言語習得過程に「手話の幼児語」が見られた。手話の幼児語は、ろうの子ども達が手話を習得する過程で見られることが報告されているもので、手話の「音韻」の獲得に重要な役割をもつ。
 また、日本語の語彙よりも先に手話語彙を習得していると思われる場面も見られた。これらのことは、聴児がバイリンガル話者として成長していることの一例ともいえる。
 なお、データは現在データの整理・分析を進めている過程であり、今年度中にはまとまった形で成果を発表できると見込んでいる。

権力者への正統性の付与は、自発的な協力行動を引き出すか―実験的手法による検討

寺島 圭

1. 研究進捗状況

 申請研究の実験計画は全過程を終了した。最終的な実験参加者は111名であった。6回の公共財ゲームを行った本研究の結果から、以下の諸点が明らかとなった。
 (1)全6回分において参加者の集団に対する協力行動を検討した結果、リーダーが集団に対して協力的な場合に、そうでない場合よりも成員は集団への協力行動を示した。しかし、本研究が主眼を置いていた正統性は効果がなく、正統性が有すると想定した「他者問題解決の遅延」効果は認められなかった。
 (2)6回目のみのデータを対象とした分析においては、当初想定した正統性の効果が部分的に検出され、正統性が低パフォーマンスの権力者に対する不満や抵抗を抑制する可能性が示唆された。
 (1)において正統性が効果を持たなかった原因は2つ考えられる。まず第一に、正統性の実験的な操作がうまく働いておらず、実験参加者において正統性の認知に差が生じた可能性である。能力の違い(事前テストの成績)という基準によってリーダーの選出を行ったが、テストで尋ねた項目と実験で参加者に行わせた課題との関連性が低く、リーダーの正統性を参加者に実感させるに至らなかった可能性が示唆される。また第二に、実験においては集団のリーダーが他の成員に対して罰を与える権利を有していたが、このこと自体が正統性の影響力の発現を妨げた可能性がある。すなわち、強く協力行動を動機づける罰の存在によって、正統性の影響力が覆い隠されてしまった可能性である。公共財ゲームの最終6回目においては、そのゲームで、罰を受けたとしても後続のゲームにおける自身の所持コイン数に影響がなく、このような罰が協力行動を動機づける効果は非常に弱くなると考えられる。つまり、上記(2)の結果は、正統性が他者としての非権力者の不満や抵抗を抑制させる効果が、罰など他の協力的行動を動機づける要素が存在しない時にのみ、みられる効果であることを示唆している。
 今後見込まれる成果としては、正統性が非権力者の不満や抵抗を抑制する状況を特定することにより、正統性の効果をより精徹な形で検討することが可能であろう。そのことにより、権力者と非権力者という、社会に普遍的に存在する他者間での問題の解決に資する知見を得ることが期待される。

2. 発表論文、学会発表等

 申請研究と関連した学会として、日本社会心理学会、日本グループ・ダイナミックス学会に参加・発表し、関連分野の研究者から様々な意見を頂く機会を得た。申請研究の結果は2014年度の日本社会心理学会(7/26・7/27;北海道大学)で発表予定である。また、本研究の遂行上重要となる正統性概念についてのレビューを、報告論文として関西学院大学先端社会研究所紀要に投稿した。

地方花柳界における<芸>と<色>の境界線-諏訪湖沿岸部をフィールドに

谷岡 優子

1. 研究進捗状況

 本研究では、かつて〈芸〉と〈色〉の両方が存在し、現在も芸妓による活動が行なわれている長野県諏訪湖沿岸部(岡谷市、上諏訪市大手町、諏訪郡、茅野市)をフィールドに、2013年8月~9月にかけて現地調査を実施し、諏訪花柳界の実態を明らかにするとともに、当該地域内で行なわれてきた〈芸〉と〈色〉の境界の変遷、つまり、〈芸〉と〈色〉が必ずしも明確に区別されていない状況(〈色〉が〈芸〉に「包摂」されている状況)に対し、〈色〉を〈芸〉から切り離して〈芸〉の世界に対する「他者」として「排除」する現象が、どのような時代、社会、状況において生じたのかを調査した。
 諏訪湖沿岸部では、製糸工業、精密機械工業、寒天製造などの近代産業の展開が見られ、これらの産業を背景に諏訪湖沿岸部の上諏訪、下諏訪、岡谷、茅野などの各地域にそれぞれ花柳界が展開した。各地域の花柳界はそれぞれ独立した存在であり、かつては芸妓の行き来が禁じられ交流はなかったものの、その後の需給関係の変化に対応して、花柳界同士の関係は柔軟に再編された。しかし、それより以前、花柳界のあり方を大きく変動させる再編が行なわれている。
 昭和32年の売春防止法以前、諏訪湖沿岸部には花柳界とは別に、下諏訪遊廓、衣之渡遊廓などの遊廓が存在した。花柳界と遊廓の間には、法的に〈芸〉の花柳界、〈色〉の遊廓という線引きが存在したが、現実の花柳界と遊廓では〈芸〉と〈色〉が混在しており、花柳界と遊廓は「地続き」となっていた。〈芸〉を売るものとする花柳界でありながら、内部では「泊まり」や売春を頻繁に行なう「不見転」「枕芸者」が存在していたほか、地域住民から「大手遊廓」と呼ばれる、花柳界内部に存在した置屋側が芸妓に「泊まり」や売春を積極的に奨励する置屋が集まる地域、「サボシ」と呼ばれる親方を持たない私娼、これらの存在が確認できた。
 売春防止法(昭和32年)以降、諏訪湖沿岸部に置かれた遊廓は廃止となったが、その一部は形態を変え、〈芸〉を隠れ蓑に花柳界に潜りこみ、生き残ったものもあった。芸妓と娼妓の両方を抱えていたものの、防止法施行以降、抱えていた娼妓にも芸事を習わせ、商売を続けた貸座敷、花柳界として認識されていたもの、若い女性を多く在籍させ、芸事をあまり重要視しなかったことから、もう一つの見番と対比して、「〈芸〉の見番」「〈色〉の見番」と呼ばれた見番などが現地で確認された。
 その後、昭和50年代から、諏訪湖沿岸部花柳界は徐々に衰退し、次第に各地の見番や置屋の廃業が目立つようになったが、平成18年、上諏訪の大手見番が有志の支援を受けて復活し、「観光」、「文化資源」としての花柳界のあり方の模索が行なわれている。
 今回の調査を通じて、上諏訪の大手見番が衰退状況を打破すべく、従来とは異なる「観光化」、「文化資源化」という戦略を試みていることが明らかになった。そして、これと同様の現象が日本各地の地方花柳界においても確認されており、この花柳界の「観光化」、「文化資源化」をめぐる模索は、各地で独自の展開がみられる。
 今後は、地方花柳界の「観光化」「文化資源化」にも着目した研究を行なう予定である。

2. 発表論文、学会発表等

「地方花柳界の民俗学―〈芸〉と〈色〉の境界線をめぐって―」、『日本民俗学会』第65回年会、新潟大学、2013年10月

レズビアンのカルチャー研究-アメリカにおける研究との比較から

小田二 元子

1.研究進捗状況

 本研究では、日本におけるレズビアンの多様性とその内部にある他者性に焦点を当てることを目的としていた。レズビアンバーにおける実地調査を継続しながら、フェミニズム運動に携わってきたレズビアン・コミュニティーを対象に調査・研究を進めている研究者から、レズビアンバーの調査で見受けられた実践とは異なる「レズビアン」としての実践に関しての多くの知見や資料を得られた。
 今までのレズビアンバーにおける調査では自身のアイデンティティ・カテゴリー(外見的な特徴を示すとされている「ボイ」「フェム」「中性」といった言葉と、性役割を示すとされる「タチ」「ネコ」等といった言葉とを組み合わせた形で示される自己規定)となる情報を相互的に自己呈示し、そのカテゴリー分け通りに互いに役割演技をすること、また、そうした相互行為の只中で、カテゴリーが再構築されていくという実践があった。一方で、今回の調査から得られた知見として、レズビアン・フェミニズム、ウーマンリブ運動に関わってきたレズビアンにとって、“既成の男女関係の模倣”であるとして批判の対象になったのが、男役/女役といったカテゴリー分けであり、従ってレズビアン・フェミニストの物語から、レズビアンバーにおける調査で明らかになったカテゴリー分けとその実践は排除されてしまっているのだ。
 しかし、レズビアンバーの調査で明らかになってきた彼女たちの実践は、単なるジェンダー化された装置だとも言い切れないのではないか。外見的特徴と性役割との組み合わせで示されるアイデンティティに沿った相互的なコミュニケーションによって分岐し、また新たに再構築されてきているそうした実践の中に、既成のセクシャリティを脱構築していく可能性を探っていきたい。

2.発表論文、学会発表等

関西社会学会第65回大会にて発表予定

戦後書店空間における「成人向けマンガ」の自主規制の変遷と「客体化される読者」に関するメディア論的研究

山森 宙史

研究成果(経過)

 本研究は、近年の「成人向けマンガ」に対する規制強化の問題にメディア論的観点からの知見を提起するため、①成人向けマンガ出版物をめぐる流通上の自主規制が戦後の書店空間においてどのように展開されてきたのかを明らかにし、②その際の「読者」(非読者も含む)がいかなる存在として書店側に仮定されてきたかを検討することであった。そのため、今回の調査では先ず産業側の明示的な対応を確認するため、大手出版取次会社が書店向けに発行する『日版通信』(日本出版販売発行)を主な資料として調査しつつ、その上で、成人向けマンガ出版物の流通・販売をめぐる個々のアクターからの見解を各種文献・記事資料を中心に収集・分析した。


・戦後書店空間における成人向けマンガの「自主規制」状況と「読者」像の変遷

 調査の結果まず明らかになったのは、90年代の「有害コミック」問題の発生とそれに伴う「成年コミック」マーク・区分陳列販売(ゾーニング)の導入以前において、取次・書店側において成人向けマンガ出版物とその利用者の存在は明示的に言説化されえない存在であったということである。その背景には70年代まで成人向けマンガ出版物の多くがスタンド業等の「非正規」の流通ルートを介していたことが要因として挙げられる。結果としてそれは書店における商品的位置付けとその「読者」の存在を不明瞭なものにしていたと考えられる。しかし、85年以降の自販機販売の公的規制強化に伴い、その販路は次第に大手取次を介し一般書店やコンビニへと収斂するようになる。「有害コミック」問題以降になると、『通信』誌上に紹介される新規店舗のレイアウト図においても少数ながら「成人向けマンガコーナー」の存在を明示化する傾向が見て取れた。ただしその傾向は80年代以降に増加した「明るさ」「家族向け」を強調する郊外型大型書店では極端に少なく、都市型の中規模書店やもとよりコミック販売に特化したマンガ専門店に主に見られた。加えて、規制措置の方法がより厳密化・強化され、販売先の主軸がコンビニエンスストア(CVS)とマンガ専門店に特化していく90年代後半以降になると、成人向けマンガの売れるジャンルが狭まり、その想定読者層が「マニア読者」もしくは「オタク」というオーディエンスへと絞られていく。それに伴い、CVS独自の極めて厳しい雑誌規制措置は逆説的にコミックス版の価値を高めるとともに、マンガ専門店のゾーニングされた空間内での独自のコーナー作りが展開されるようになり、成人向けマンガはひとつの「ファンカルチャー」ないしは「サブカルチャー」の様相を呈するようになった。つまり、「有害コミック」問題以降の成人向けマンガへの自主規制措置の展開は、総合書店に訪れる「一般読者」としてのオーディエンスを排除する一方で、マンガ専門店に見られるような「マニア読者」「ファン」というオーディエンスを逆説的に生成・顕在化していく傾向があったことを確認できた。

 以上が2013年度の研究経過についての概要である。今回の調査では主に現実空間の書店と物理的出版媒体の読者を主な分析対象に設定したが、今後はネットを含めた新たなメディア状況も考慮に入れながら資料調査とその分析の精緻化を継続して行うとともに、メディアと空間管理の観点を考慮に入れたメディア・オーディエンス論の構築を目指していく予定である。なお、本研究調査の進捗状況と成果は、先端研リサーチコンペ2013年度成果報告会にて発表の後、『先端社会研究所紀要』に投稿予定である。

先端研リサーチコンペ 2013年度採択者による成果報告会を開催します。

先端社会研究所は、教育事業の一環として、関西学院大学の大学院生・研究員を対象にリサーチコンペを行い、本研究所が取り組む「他者問題」に関して将来の可能性が期待される「優れた先端的な研究」を支援しています。採択者に対しては一定額の研究助成を行い、当該研究のより一層の発展を支援し、研究者の養成を図っています。

2013年度には、計5件の研究が採択されました。これらの研究の成果報告会を以下の通り開催いたします。本報告会には、どなたでもご自由にご参加いただけます。本報告会に関するお問い合わせ先は、先端社会研究所事務室(E-mail: asr@kwansei.ac.jp)です。

日時

2014年5月10日(土) 10:00~13:20

場所

先端社会研究所セミナールーム(社会学部校舎3階)

スケジュール

10:00 開会挨拶

10:10 平 英司(言語コミュニケーション文化研究科)
    テーマ:ろう児をもつ家庭におけるコミュニケーションの分析
    -ろう児をきょうだいにもつ聴児の言語使用を中心に
10:30 質疑応答

10:40 寺島 圭(文学研究科)
    テーマ:権力者への正統性の付与は、自発的な協力行動を引き出すか
    -実験的手法による検討
11:00 質疑応答

11:10 谷岡 優子(社会学研究科)
    テーマ:地方花柳界における<芸>と<色>の境界線
    -諏訪湖沿岸部をフィールドに
11:30 質疑応答

11:40 休憩(40分)

12:20 小田二 元子(社会学研究科)
    テーマ:レズビアンのカルチャー研究
    -アメリカにおける研究との比較から
12:40 質疑応答

12:50 山森 宙史(社会学研究科)
    テーマ:戦後書店空間における「成人向けマンガ」の自主規制の変遷と
    「客体化される読者」に関するメディア論的研究
13:10 質疑応答

13:20 閉会挨拶

2013年度先端社会研究所リサーチコンペ採択者の研究計画要旨および審査講評

採択者による研究計画要旨と審査の講評は、以下の通りです。

ろう児をもつ家庭におけるコミュニケーションの分析-ろう児をきょうだいにもつ聴児の言語使用を中心に

平英司(言語コミュニケーション文化研究科大学院研究員)

 日本手話が、日本語とは異なる文法体系を有し、ろう者にとって最も理解ができ思考の道具となる第一言語であるということは多くの研究により述べられるようになってきた。しかしながら、公立の聾学校(聴覚特別支援学校)では、十分な手話能力を有しろう児に対し日本手話で授業が行える教員は1%に過ぎない。また、家庭においてもろう児をもつ聞こえる親のうち日本手話が堪能な者はほとんどいない。このような状況のなか近年、東京を中心に「日本手話がろう児の第一言語である」とし日本手話での養育を行う親たちが出現し始めた。そして、2003年にはろう児の人権救済申立がなされ、2008年には日本で唯一日本手話を教育言語とする私立のろう学校「明晴学園」が誕生する。そのような家庭では、ろう児のきょうだいにあたる聞こえる子どもたちは、日本手話と日本語という2つの言語環境に触れることになる。本研究では、ケーススタディーにより、2つの異なるモダリティー(視覚/聴覚)による言語に同時に触れる聞こえる子ども達が家庭においてどのようなコミュニケーションをとるのかを明らかにし、今後のろう児をもつ家庭の言語のあり方への検討に寄与するものである。

講評

 使用可能言語には、排除と包摂を生み出す社会の権力構造を含むあり方が反映し、それは言語使用を基本特徴にする人間に全的に影響する。ろう児の兄弟姉妹の家庭・言語環境をめぐる興味深い、重要なテーマだと思われる。そもそも第一子がろう児である場合、その親自身もまた新たな言語を習得せねばならないなど、当該家庭そのものが非常に困難な状況に置かれる。ろう児をもつ家庭に生じたバイリンガル状況への注目に先端性を認める。
なお、兄弟姉妹自身に関しては、家庭「外」での人間関係など多様なコンテクストを考慮する必要はないであろうか。2010年の調査と、計画している調査がどのような関係にあるのか具体的に示されるべきだと思われたが、その点については質疑応答によりかなり明らかになった。

権力者への正統性の付与は、自発的な協力行動を引き出すか―実験的手法による検討

寺島圭(文学研究科博士課程前期課程2年)

 あらゆる社会集団には、何らかの意思決定を行う人とそれに従う人というように、地位の差が存在する。このような状況で低地位者(=非権力者)は、高地位者(=権力者)に集団やその成員に利益をもたらすような行動を期待する。そのため、権力者のパフォーマンスが非権力者の期待に沿うような高いものではない場合、権力者と非権力者の間に対立が生じる。たとえば、政府が国民の利害を十分に考慮できていない政策を行えば、国民の反感は強まる。こうした「権力者のパフォーマンスの低さが非権力者の反感や不満を生じさせること」を一種の「他者問題」と捉える。
本研究では、この「他者問題」が容易に解決されない背景として、人々が持つ権力者の支配を適切だとみなす心理的傾向を想定する。この傾向は古くから正統性 (legitimacy) の認知問題として議論され、権力者に対する非権力者の自発的な協力行動を引き出すことが知られている。本研究では、低パフォーマンスの権力者でも正統性が付与されれば非権力者からの自発的な協力が得られることをゲームをいて実証的に示し、正統性認知による権力者と非権力者の間の「他者問題」の解決遅延について議論する。

講評

 申請者による他者問題の理解は、必ずしも説得的とはいえないが、社会心理学の正統性認知をめぐる先行研究を踏まえて、安定感のある研究計画が提示されている。
 社会心理学と社会学などの諸分野との溝は、簡単には埋まらないように思われる。ただし一般的な観点から見ても、本研究のテーマ設定の部分と、実証の方法との間には、小さくない距離があることも間違いない。権力者を他者と位置づけているわけだが、このモデルが示しているのは単一コミュニティ内の権力関係にすぎないのではないか、という印象を受けた。よって研究を進める上で、可能であれば調査手法の精査・再確認をしてもらいたい。しかしながら、まずはプレゼンテーションで示された手法で研究を進め、テーマに対して何を示し得るのかを見せてもらいたい。計画書に記された研究費の計上部分については、今後はもう少し丁寧な確認をする必要があろう。

地方花柳界における<芸>と<色>の境界線-諏訪湖沿岸部をフィールドに

谷岡優子(社会学研究科博士課程前期課程1年)

 近年、日本各地において、地域の伝統芸能文化をいまに伝える存在として「花柳界」が取り上げられ、観光・地域おこしなど、多様な文脈でその活動が脚光を浴びている。
 この花柳界は、〈芸〉を売る存在である「芸妓」と、〈色〉を売る存在である「娼妓」を中心に、「置屋」・「検番」・「割烹料亭」という三業を伴って構成される社会である。現在の日本の花柳界では〈色〉を売る娼妓はもはや存在せず、〈芸〉を売る芸妓のみで構成されており、両者の境界線ははっきりと引かれている。
 しかし、その歴史を辿れば、花柳界内部の〈芸〉と〈色〉の境界線は、非常に曖昧なものであり、土地によって〈芸〉と〈色〉の空間的住み分けが行なわれる場合、時代によって〈芸〉と〈色〉が比重を変わる場合、そして個人の意思によって〈芸〉を売るか〈色〉を売るかを変える場合など、その境界線の有様はさまざまであったことが推測される。
 本研究では、かつて芸娼妓が存在し、現在も花柳界が存続する長野県諏訪湖沿岸部をフィールドに、諏訪花柳界での〈芸〉と〈色〉の境界線変動のあり方、そしてその当事者たちによる〈色〉の「他者化」の様相、その場で行なわれてきた〈色〉をめぐる「排除」と「包摂」に関して調査を行なう。

講評

 中央に対するローカルな花柳界への着目、〈芸〉と〈色〉の二項から他者性を分析しようとする研究の枠組み、宿場町、門前町から製糸業の繁栄と衰退を経た諏訪地域という対象地域の設定など、いずれの点からも期待を抱かせる研究計画が提示された。真剣さの感じられるプレゼンテーションには好感を持つことができた。先行研究が少ない分野であり、またある意味で「二重の他者化」が見られる地方花柳界を取り上げることは、先端研の研究テーマとも親和性がある。
 対象とすべき時代がいつであり、その時代の状況を明らかにするための適切な手法がいかなるものかが判然としない部分もあった。聴き取りが中心になるであろうフィールドワークの成否が気になる。積極的に調査を進め、また調査手法について適宜考慮・再考しつつ、厚い記述を目ざしてもらいたい。

レズビアンのカルチャー研究-アメリカにおける研究との比較から

小田二元子(社会学研究科博士課程前期課程1年)

 レズビアンに関して、その存在や、彼女らの恋愛は、ヘテロセクシャルや、同じセクシャルマイノリティである男性同性愛と比較しても社会的認知の度合いが低いのではないかと考えられる。申請者は、そうした、不可視性をもつ彼女たちの恋愛に関して、実際にレズビアンバーを訪れ、そこを訪れる人や、そこで働く人々と関係を結ぶことを通して、彼女たちの恋愛と、レズビアンバーという空間について調査してきた。そこで明らかになったことは、レズビアンバーという空間が秘密結社的な性格を持つということ、そして、彼女たちがコード化された隠語を用いたコミュニケーションにより、外部と隔絶した独自の空間を形成することで、自由に自身のアイデンティティ・カテゴリーという類型の理念系を役割として演じているということである。本研究では、上記の調査を継続しながら、今後は類似性の見られるアメリカにおけるレズビアンのカルチャーとの比較を行うことで、日本におけるレズビアン・コミュニティやカルチャーに関する考察を行っていく。

講評

 サブタイトルにある「アメリカにおける研究」について、もう少し丁寧に説明し、それがどのように日本の事例と結びつくのかが示されるべきであった。理論的展望は現時点では不十分である。一方、レズビアン内部の「他者性」に注目した点は、先端研の研究テーマとも親和性が高い。インタビュー対象についても、質疑応答において具体的に検討していることが明らかになった。
 アクティビストへのアプローチにより秘密結社的なものを相対化して、レズビアン・コミュニティーおよびカルチャーの多元的側面を提示しようとする目標設定も了解できる。アクティビストと呼ばれる人々の在り方は今回のプレゼンテーションでは理解しにくかったが、おそらくはそうした人々の在り方を詳細に確認していくことそれ自体が研究・調査のテーマでもあるのだろう。興味深い成果を得られることを期待したい。

戦後書店空間における「成人向けマンガ」の自主規制の変遷と「客体化される読者」に関するメディア論的研究

山森宙史(社会学研究科博士課程後期課程3年)

 本研究は、新刊書店における「成人向けマンガ」出版物をめぐる自主規制措置のメディア史的分析を通じ、「有害図書」の社会的構築過程と出版メディア規制において後景化する<客体化される「読者」>の存在を顕在化することを目的とするものである。
 近年、性表現を主に取り扱う「成人向けマンガ」に対する公的規制の風潮は年々強まっている。この問題に対しては、これまで「性表現」の是非を問う議論が多く提起されてきたが、実質的な規制措置として産業独自の論理のもと展開される「自主規制」の内実に関しては十分に検討されてきたとは言い難い。とりわけ、90年代の「有害コミック」問題以降、その在り方は書店空間を中心に先行する自主規制の方法そのものに対する自己目的的な制度的見直しが主眼となり、むしろそこから規制されるべき対象としての成人向けマンガとその受け手象が再定義されている状況が観察される。
 そこで本研究は、成人向けマンガ出版物をめぐる自主規制が戦後の書店空間においてどのような技術的変容を伴って展開されてきたのかを明らかにし、その際の「読者」(非読者も含む)がいかなる存在として書店側に仮定されてきたのかを考察することを試みる。

講評

 テーマや手法の点ではほとんど問題を感じなかった。規制の圧力が強まる現代において、この問題の先端性は明らかであり、他者問題との親和性も明瞭である。期待される水準の研究計画が示されたものと理解した。書店空間の分析というメディア論的アプローチは興味深く、新たな研究成果が予想できる。すなわち、他者カテゴリーの生成と排除に対しても、メディア空間論的に論じられることで、メディア機能を前提にした予防テクノロジーの管理社会論とも接続する可能性を期待できる。
 なお、「書店空間」の外部についての目配りは必要であろう。研究成果がコンパクトにまとまりすぎないよう留意してもらいたい。さらに、流通・書店側の調査のみでなく、読者・読書行為の側にも何らかの形でアプローチ出来れば、なおよいものになるのではないか。

2013年度先端社会研究所「大学院教育支援事業」リサーチコンペ募集

2013年度先端社会研究所「大学院教育支援事業」
リサーチコンペ 募集要項

2013年度リサーチコンペ 研究計画申請書  [ 44.00KB ]XLSファイル

1.本事業の趣旨

先端社会研究所が取り組む「大学院教育支援事業」の一環として、全研究科大学院生・研究員を対象に、先端社会研究所が取り組む「他者問題」∗ に関して、将来の可能性が期待される「優れた先端的な研究」を募集する。そして、採択者(個人、もしくは数名のグループ)に対しては、一定額の研究助成を行い、当該研究のより一層の発展を支援し、研究者の養成を図る。

2.応募期間

2013年4月23日(火)~5月24日(金)16:30(時間厳守)

3.応募方法および採択決定までの流れ

1)応募
「2013年度 先端社会研究所<リサーチコンペ> 研究計画申請書」【様式1、2】に必要事項を記入のうえ、先端社会研究所事務室に提出。英文での申請可。
申請書は、先端社会研究所HP(http://asr.kgu-jp.com/top/)、2013年度先端社会研究所「大学院教育支援事業」リサーチコンペ募集の項よりダウンロード。

2)書類審査
「2013年度先端社会研究所リサーチコンペ審査委員会」において、次の評価ポイントにより書類審査を行い、「5)プレゼンテーション」に進む課題を選考。
  ①先端性 ②親和性 ③計画性

3)リサーチコンペウィーク
2013年6月10日(月)~15日(土)をリサーチコンペウィークとし、「研究計画申請書」を先端社会研究所ホームページにて公開する。

4)プレゼンテーション
書類審査を通過した応募課題について、公開でプレゼンテーションを実施する。
 日時 2013年6月15日(土)13時より
 場所 先端社会研究所セミナールーム(社会学部校舎3階)

5)採択決定
書類審査およびプレゼンテーションを通じて、先端社会研究所が取り組む「他者問題」に関して、「優れた先端的な研究」としての将来的な成果が期待される研究計画を採択する。

4.応募資格者

2013年度の時点における本学研究科所属の大学院生ならびに大学院研究員・研究科研究員

5.助成内容と採択件数

個人研究の場合は1件につき20万円、共同研究の場合は1件につき40万円をそれぞれ上限とする。採択件数は、2013年度予算枠100万円の範囲内で決定する。
※なお、本制度による助成は、主として調査・研究活動に必要な経費を対象としているため、設備・備品等の購入は原則として認めない。

6.助成年限

2013年度内(研究期間:採択通知日~2014年3月31日)

7.申請書提出期限/提出場所

2013年5月24日(金)16時30分/先端社会研究所事務室(本部棟2階)
※なお、提出時に学生証(研究員証)にて本人確認を行います。

8.採択決定通知

2013年6月17日(月) 申請者宛にEメールにて通知します。

9.研究成果の公表

本制度に採択された者は次のとおり研究成果を公表しなければなりません。
①「研究成果報告書」(研究所所定様式)の提出
 2014年4月末日までに提出してください。なお、研究成果報告は一括して先端社会研
 究所紀要ならびに研究所のホームページに掲載します。
②「リサーチコンペ報告会」(2014年3月頃開催予定)での報告
③「先端社会研究所紀要」(2014年度上半期発行予定分)への投稿

10.問い合わせ先

本募集に関する問い合わせは、全てEメールにて受け付けます。
問い合わせ先メールアドレス: asr@kwansei.ac.jp

                          以上

∗「他者問題」とは

情報コミュニケーション技術の発達、人的移動の増加、資本主義の世界的拡大は、国・地域・集団の境界内に留まっていた人、モノ、サービス、情報等が接触する機会を爆発的に増加させています。これは、人種・エスニシティ、宗教、ジェンダー、セクシュアリティ、階級・階層など身体的、文化的、経済的、社会的に異なる(と考えられる)ものが「他者」として包摂、排除、支配される場の拡大をもたらします。他者問題とは、2つ(以上の)の集団や社会が接触する、あるいは1つの集団や社会内に亀裂が生じて起こる問題で、そこでは互いを理解不可能な「他者」として見る傾向が高まります。と同時に、異なる集団間の境界に位置するためどちらからも「他者」とみなされる人々や集団が生まれます。多くの場合、他者問題のもとでは抑圧や排除を通じた暴力が発揮されがちです。
「他者」をめぐる境界は明確に決められたものでなく、紛争や災害の発生に伴って、突発的に「他者」が生み出されたり、あるいは逆にそれまで「他者」として排除されていたものが「わたしたち」の一部に組み入れられたりする場合もあります。こうした「他者」の生成の社会的プロセスを明らかにすることが、先端的な社会研究には求められています。