「学校長からみなさまへ」を更新し、「今を生きる」を掲載しました。

[ 2017年2月1日   更新  ]

2017年2月「今を生きる」

今を生きる

“Mastery for Service”
“幼子はたくましく育ち、
知恵に満ち、
神の恵みに包まれていた“


阪神・淡路大震災から22年 ~ 1月17日「地震避難訓練を行いました」

今から22年前、1995年1月17日の朝5時46分に、驚くほど大きな地震がありました。阪神・淡路島を中心にして、6434人の人が、崩れた家の下敷きになったり火事のために亡くなりました。
 私は、7時前に学校(当時は西宮の阪急夙川駅近くの小学校に勤務していました。)へ向かいましたが、その途中、本当に沢山の家が潰れて道路をふさいでいました。国道43号線の西宮えびす神社の近くでは、阪神高速道路が落下し、バスが空中にはみだしてなんとか止まっていました。阪急電車は、夙川駅のすぐ東当たりで、高架の線路が崩れ、敷石が道路一杯に散らばっていました。この日から、あちこちの小学校の体育館などで、水とガスのない中で、たくさんの避難された人が一緒に暮らす毎日が始まりました。私の勤めていた学校には1200人の方が避難して来られました。水道からは一滴の水も出ません。ガスもありません。1月17日の夜は本当に食べ物も少なく、乾パンの缶詰一つを一家族で分けてください。とか、1リットルのボトルの水を、ここの10人で分けてくださいというような状況でした。けれども、そんな中で、食べ物や水を取り合ったりするような人は、一人もいませんでした。逆に、「自分たちはいらんから、他の人に回してあげて」というような声が、たくさん聞こえました。そして、ボランティアの人が、日本中からいっぱい来てくれました。
 家がつぶれ、たくさんの人が亡くなった、とっても悲しい地震だったけど、寒くて、つらい毎日だったけど、みんなが本当に苦しいとき、人はどうすればいいかを教えてもらったように思います。人間の優しさ、すばらしさが分かりました。
 あの時、突然に生命を奪われてしまった人がたくさんいます。どんなに悔しかったでしょう。そんな気持ちを考えると、今ここに生きていること自体、そして思いを託せる人がいることがどんなに素晴らしく幸せなことかと思います。
「おやすみを言った人に、必ずおはようを言えるわけではありません。」「誰かとけんかをしてしまったら、明日、ごめんねと言えるかどうか、そんなことはだれにもわかりません。」だからこそ、今そばにいる人、友だちや家族と仲良くしてほしい、そして、これからも自分の命・人の命を何よりも大切にしてほしいと思います。

〈1月18日11時ごろ、初等部にある女性の方から電話がありました〉
今朝、西宮北口駅から宝塚駅へ向かう電車に乗った時、急に気分が悪くなって困っていたら、初等部の児童(女の子)がサッと席を譲ってくれました。本当に嬉しかったことをお伝えしたくて、電話しましたという内容でした。