2020年2月 「夙川の桜」

[  2020年2月01日   更新  ]

25年目の復興の桜

      “Mastery for Service”
        “幼子はたくましく育ち、
         知恵に満ち、
         神の恵みに包まれていた"

           25年目の復興の桜

「阪神淡路大震災」今年のさくら

今から25年前、1995年1月17日の朝5時46分に、驚くほど大きな地震がありました。
阪神・淡路島を中心にして、6,434人の人が、崩れた家の下敷きになったり火事のために亡く
なったりしました。私たちがそれまで経験したこともない途方もない大災害でした。 
  
〈地震から3ヵ月後、ある5年生の女の子が書いた「今年のさくら」という詩です。〉
「いつもだったら 人でいっぱいなのにね」
しゅく川の土手を散歩しながら お母さんが 私に言った
 花びらがちっていくのを 見ながら 言った
 ちっていく花びらのむこうに 地しんでつぶれた家の 屋根が見える
 赤いかわらが光って見える マンションNが かたむいているのが見える

震災から3ヶ月、まだまだ、震災の被害から立ち直ってはいませんでした。遠くに引越し
していく子や、家がつぶされて空き地になっていく様子など、次々変わって
いく周りの様子になかなか心がついていけないような気がしました。そのころ、
ようやく、ガスが使えるようになりました。久しぶりに入った、家のお風呂。髪の毛
1本、1本の存在を感じるくらい、気持ちよかったことを覚えています。
とっても寒くて、「いつになったら水道から水が出るのかな」「いつになったら
ガスが使えるのかな」そして、「いつになったら春がくるのかな」と思っていましたが、
どこかへ行っていた鳩が学校に戻ってきて、校庭の梅は赤い花を咲かせました。それを
見て、いつかは乗り越えられると思いました。
私が以前勤めていた西宮の小学校に大きな桜の木があります。地震で亡くなった人の
こと、みんなで頑張った生活を忘れないという思いを込めて、植えられた桜の木です。
25年で、木はこんなに大きくなりました。桜の木の横の石碑には、「ふっこうを 
さくらにちかう えがおかな 1995年1月17日5時46分34秒」と刻まれています。 
数年前、テレビで、「この街で、みんな一緒に乗り越えて来とうから、つらいことも
悲しいことも。笑うときも一緒に笑う。家族みたいなもんや。この街すきやねん。」
というコマーシャルがありました。今、阪神淡路大震災の傷跡を見ることはほとんど
なくなってきたように思います。それは、そこに住む人々が、家族のように、一緒に
乗り越えてきたからできたものだということを、忘れないでいたいなと思っています