「明けましておめでとう」

[  2013年1月8日   更新  ]

「明けましておめでとう」

中庭にて。


明るく穏やかな年明けとなりました。皆様、新年明けましておめでとうございます。

各ご家庭では、どのようなお正月を迎えられたのでしょう。

元日、子どもたちから多くのお年賀が初等部に届きました。 

家族と共に過ごした年末年始の16日間。

子どもたちにとっては、何よりの安らぎの時間になったことでしょう。

今年は、巳年(みどし)。

早生まれの六年生と遅生まれの五年生が「歳男・歳女」にあたります。

品物が自然と集まり、人のために尽くす運気を持つとされる干支(えと)とのこと。

どんな一年になるのか、どのような一年にするのか。

本年も、どうぞよろしくお願い致します。





===========『 湯たんぽ 』===========

「湯たんぽ」が見直されています。大正12年から80年を越えて金属製の湯たんぽを造り続けている老舗メーカーが尼崎市にあります。最近は注文が生産に追いつかず、嬉しい悲鳴の年もあったとか。しかし、ここに至るまでの変遷は、山あり谷ありだったようです。

昭和35年(1960)、生産数60万個。この時をピークに電気式の暖房器具に取って代わられ生産は激減します。平成3年(1991)頃には、20分の1の約3万個にまで落ち込み、一大危機を迎えます。

平成7年(1995)1月17日、午前5時46分。『阪神・淡路大震災』。未曾有(みぞう)の出来事は、わたしたちに大きな悲しみと試練を与えました。そんな中、電気やガスのライフ・ラインが途絶えた避難所で、人々は暖を求めます。

この窮地(きゅうち)の一助になったのが「湯たんぽ」であったのです。それ以来、一般家庭にも真の良さが伝わり、今や内外の若者の支持を得るまでになりました。「湯婆(たんぽ)」とは、母親の体温のように優しく心地よいことからその名が付いたのだそうです。

大震災より18年。東日本大震災がさらなる試練を与えます。打たれても打たれても、人々が苦しみの中から得ようとした智惠があります。

母親の体温のように、時代を超えて人々を優しく温め続ける「湯たんぽ」。今年も、人と物をつなぐ智惠の懸け橋として、静かに語り伝えていきましょう。