「練習」

[  2012年11月1日   更新  ]

「練習」


体育祭の練習が佳境に入りました。
さまざまな場所から聞こえてくる掛け声と返事が、日ごと力強さを増します。
一人ひとりの歯切れのよさと声量が増すと、自然と全体の動きが整います。

なかでも、5年生が一段と熱を帯びてきました。
足先・指先に神経を配るようすが見て取れます。筋肉痛を経験し、耐えぬいたからこその成果です。また、腰が立ち上がり、顔つきがシャープに変わりつつあります。6ヶ月先の意識の芽生えでしょうか。そこには、追いかけていた6年生という先頭が無くなる想像があるのかもしれません。

本番を夢みて「見てもらおう」「認めてもらおう」とする楽しさが子どもにあるならば、
「見て」「励まし」「認める」喜びが私達にはあります。

どのスポーツにおいても、競技者と観客席が一体となった時に『生まれる力』があります。

人はそれを感動と呼び讃えます。

転んだ時、バトンが上手につながらなかった時、体勢が崩れた時、人々は次の瞬間を固唾(かたず)をのんで見守ります。そして、スポーツが生み出す価値は「勝利」や「成功」ばかりではないことに気付き、心からの声援を送ります。

良き体育祭は、いつも良き観客に支えられます。







===========『 役立つことは大好き 』===========

9月上旬、西宮の上ケ原の中・高プールを使い「水泳教室」を行いました。

お世話になったのは、10名近くの現役競技者である大学生。
低・高学年ブロック3学年ずつが、5時間に及んで指導を受けました。
どの学年も、時間を惜しむかのようにまじめに熱中。

4~6年生の中には、初めて25㍍や往復50㍍を泳ぎ切った子があり、自己の伸びが充実感になったようです。

また、あの「浮力を感じる」水ならではの感覚は、低学年が学年が上がるにつれ長く泳げる力に結びつくことでしょう。

この「水泳教室」期間中は、5・6年生は昼の清掃はできませんでした。

そこで登場したのは1年生。玄関階段の5年生の清掃場所をほんの少し。

日頃「してもうう」立場から「する」立場へ。1年生も役立つことは大好きです。