創立者の精神と歴史

[  2013年10月28日   更新  ]

124年の関西学院の歴史と伝統が子どもたちの夢を大きく育みます。

最後列右から4人目がW.R.ランバス

最後列右から4人目がW.R.ランバス

創立者ランバスの精神

関西学院は、伝道者の育成とキリスト教主義に基づく青少年教育をめざし、1889(明治22)年にアメリカ・南メソジスト監督教会の宣教師、ウォルター・ラッセル・ランバスによって設立されました。ランバスは、医療宣教師として中国で活動した後、来日。日本をはじめ世界4大陸で伝道、教育、医療活動にあたりました。その足跡は遠くアフリカ・コンゴにまで及び、「世界市民にしてキリストの使徒」というランバス家の記念碑銘どおり、グローバル・サーバント(世界への奉仕者)としての生涯を送りました。ランバスの精神は今日、広い教養と高い人間性・専門性を持ち、創造力、課題発見・解決能力、実行力を生かして、世界で貢献できる人物を育成する関西学院の教育理念の根幹になっています。

ベーツ院長と“Mastery for Service”

ベーツ院長の倫理学講義

関西学院に赴任したカナダ人宣教師のC.J.Lベーツは1912年(大正1)年、“Mastery for Service”を提唱。第4代院長就任とともに、この言葉は学院全体のスクール・モットーとなりました。そこには、異なる文化や考えの人々に敬意を払いながら、世界市民として平和と幸福をつくりだす人間としての真の実力を身につけようという思いが込められています。「知識を求めるのは、単に知識のために求めるのではなく、まして名誉のためではなくて、人類に対してより良き務めをなすことができるものとして、自らに備えんがため、これをなすような者でなければならない」と語ったベーツの思いは、関西学院のスピリッツとして脈々と受け継がれています。

校名の由来

校名の由来

「かんせいがくいん」という校名は西日本の指導者となる意味で名づけられました。当時のミッションスクールの大半が「英和学校」「英和女学校」と名乗るなか、慣習を打ち破って「学院」と命名。「関西」を「かんせい(クヮンセイ)」と読むのは、当時の学生が東京を「トウケイ」と呼ぶなど地名を漢音読みする傾向があったことにちなんだものです。現在の学風につながる自由な発想が校名からも垣間見えます。

校章三日月の由来

校章

創立から5年後の1894年に教員・生徒から成る委員会でこの校章が決定された。
それは、月が太陽の光を受けて自らを輝かせるように、われわれは神の輝きを常に受けて自らを輝かせる者であるという自覚と、新月がやがて満月へと完全を目指して輝く存在であるように、ひたすら理想を憧れ求めて、進歩向上していくことを象徴している。