研究事業
2026年度の研究活動
「文化的コンピテンスの構成概念に関する研究」 松岡克尚(センター長 人間福祉学部教授)
本研究では、本学人間福祉学部の日本手話受講生を対象に、同授業を通して手話言語を学ぶことで、受講生の文化的多様性のコンピテンス(文化的コンピテンス)が向上したかどうか、またそれが他言語を学んだ場合と比較して何か特徴があるのかを測定することを最終目標にして、文化的コンピテンスの尺度開発を行うことを目的としている。これまで文化的コンピテンスに関する文献研究のレビューを行い、文化的コンピテンスには「認識」「知識」「スキル」の三下位概念から構成されているという見解で一致していることを確認した。さらに具体的な測定スケールとして、稲垣亮子(2012、2013)が開発した「多文化間コンピテンス尺度」及び竹井光子(2021)らによる「異文化間能力」スケールについてそれぞれ内容の精査を行った。また個人の異文化への感受性を測定する「異文化感受性発達モデル」(DMIS)にも注目してみた。ただいずれも手話言語教育を念頭に置いたものではなく、下位概念を継承しつつ、具体的なアイテムは新たに創出する必要がある。今年度は、既存研究の成果を踏襲して三下位概念モデルを採用し、その構成概念の下で、手話教育に応用できる文化的コンピテンスの尺度化を試みる。まず理論モデルに従い、三下位概念ごとのアイテムプールを作成していく。その上で、倫理申請の上で、人間福祉学部の日本手話担当者の協力を得て、Web調査を通して、日本手話受講生からのデータを収集、分析するまでに進めることが出来ればと考える
「日本手話における統語と談話のインターフェイスに関する研究:証拠性(エビデンシャリティー)を中心に」 今西祐介(センター副長 総合政策学部教授)
昨年度に引き続き、本年度も日本手話における統語と談話のインターフェイスに関する研究を継続して行う予定である。特に、日本手話の証拠性(エビデンシャリティー)の研究を中心に行う予定である。日本手話のモダリティー表現を扱った研究であるMatsuoka et al. (2022)の知見を基に、日本手話の証拠性の記述と分析を進める予定である。昨年度の調査結果を踏まえ、日本手話において証拠性の機能を担っていると考えられる言語形式に関して、争点性(at-issue status)と非争点性(not-at-issue)の判別法を用いた調査を行う予定である。当該判別法は証拠性とモダリティーを峻別するのに有用であると報告されていることから(Murray 2021等)、日本手話の証拠性表現の意味的・統語的特性の解明につながる可能性がある。以上と併行して、昨年度に実施した、奄美語喜界島方言のエビデンシャリティーに関する研究を基に、当該言語と日本手話の比較研究も行う予定である。これにより、エビデンシャリティーに関する音声言語と手話言語の比較研究が可能になることが期待される。研究を遂行するにあたり、日本手話母語話者の協力の下、データを収集・分析する予定である。
「手話学習者による日本手話のプロソディ習得プロセス」 下谷奈津子(主任研究員 特別任期制助教)
成人聴者の手話学習者を対象とした、日本手話の模倣タスクを行い、プロソディの習得プロセスや習得状況について検証する。また、手話学習環境(講師、指導方法など)についてインタビューを行い、プロソディについての明示的な学習がどの程度されているかについて聞き取り、それを元に、プロソディの解説書(トレーニング教材)を作成する。
「ろう児をもつ親への手話指導に関する研究」 前川和美(主任研究員 特別任期制助教)
2025年度の研究活動により改訂できたカリキュラムをもとに実際に手話講座を開催し、カリキュラム完成のための開発を行う。
「日本語を母語とする幼児による選言「か」の解釈と語順の影響」 杉崎鉱司(研究員 文学部教授)
日本語を母語とする幼児は、「ぶたさんがにんじんかピーマンを食べなかった」のように否定文の目的語に選言「か」が含まれている場合、誤って「ぶたさんはにんじんもピーマンも食べなかった」という意味として解釈することが報告されている。一方、「ぶたさんかおさるさんがピーマンを食べなかった」のように否定文の主語に「か」が含まれている場合には、この誤りは生じないことも明らかとなっている。本研究では、否定文の目的語に「か」が含まれている文および否定文の主語に「か」が含まれている文の語順を変更し、幼児の誤りの有無に語順の影響が見られるかどうかを明らかにすることに取り組む。
「聞き手は会話をしているあいだどこを見ているのか:健聴英語母語話者の場合」中野陽子(研究員 人間福祉学部教授)
二人の人が会話をしているあいだ、どこを見ているのかについて、言語や文化による違いが指摘されている。音声日本語母語話者と日本手話母語話者も、会話中どこを見ているのか異なる可能性がある。健聴者についての研究やデータが揃っている訳ではないので、昨年度、まず英語が母語の健聴者がどこを見ているのかについて、2つの実験を行ってデータを収集した。今年度はそのデータを分析する予定である。実験方法の検討もしながら、日本語が母語の健聴者についてのデータ収集も行い、言語・文化の違いがあるのか調べる。
「日本手話による相互行為の分析」 森本郁代(研究員 法学部教授)
本研究では、日本手話話者同士の相互行為の分析を行い、音声言語による相互行為との比較を通して、日本手話が相互行為の資源としてどのように用いられているのかを会話分析の手法を用いて明らかにすることを目指す。引き続き、千葉大学の堀内靖雄准教授とともに研究を行い、堀内准教授が所有しているろう者の二者会話のデータを対象とし、特に、日本手話における円滑な順番交替を達成するのに用いられているマルチモーダルな資源について明らかにし、音声言語(日本語)との比較を行った上で、手話言語の話者交替の秩序を解明する。今年度は特に、昨年の研究で注目した「手形の保持」の分析をさらに進めて事例をさらに収集し、昨年度立てた仮説の検証を試みる
「日本手話の習得研究」 山田一美(研究員 工学部教授)
本研究は習得過程を検証するもので、統制群であるろう者を含め、同一参加者を対象とした複数回の実施を視野に入れており、参加者募集や実験運営はタイミングをはかりつつ、慎重に取り組む。また、L2習得関連の学会より、手話言語の特性と習得に関する大学院生向けの解説原稿執筆を依頼されており、本研究の背景整理としても活用できる内容を検討しつつ、執筆を進める。本年度は、日本語母語話者による日本手話(JSL)習得の初期段階、とくに非手指要素(NMM)の理解に焦点を当てて研究を進める。
「コーダの手話使用の場と機会の拡大に向けて」安東 明珠花(客員研究員 東京大学多様性包摂共創センターDEI共創推進戦略室助教)
コーダ(coda)とは、きこえない親を持つきこえる子どもの名称である。手話環境下で育つコーダは、家庭以外の場で手話に触れたり、使用したりする機会がほとんどない。特に、家庭以外の場所で過ごす時間が増える学齢期のコーダは、そのような課題に直面する。本研究では、学齢期のコーダが家庭以外で手話を使う場所と機会の検討のために、きこえない/きこえにくい子どもとコーダが共に活動する場に関する情報収集や視察を行い、二次的調査に活用する。
「乳幼児期の手話言語獲得支援が養育における「親満足度」に与える影響」(河﨑佳子 客員研究員)
大阪府委託事業として特定非営利活動法人手話言語獲得習得支援研究機構(通称 NPOこめっこ)が実施する乳幼児期手話言語獲得支援事業「こめっこ」に、0歳ないし1歳台から参加してきた聴覚障害児の母親を対象に、3因子「夫の子育てへのかかわり満足」「親としての態度満足」「子どもとの関係満足」からなる親満足度検査を実施する。その結果を、聴児を育てる母親に実施した結果、ならびに手話獲得環境を保障されていない中で育つろう・難聴児の母親に実施した結果と比較することによって、手話言語(日本手話)の存在が親子関係にもたらす影響について検討する。さらに、母親を対象とするインタビュー調査を実施し、考察を深める。
「サードプレイスとしての手話カフェの役割と手話教育への影響」 平英司(客員研究員 国立民族学博物館 人類基礎理論研究部プロジェクト研究員)
サードプレイスとは、家庭や職場・学校とは異なる第三の居場所であり、社会関係の形成に重要な機能をもつ概念である(Oldenburg, 1989;Putnam, 2000)。近年、手話カフェは従来の手話サークルや講座に代わる学習・交流の場として拡大している。本研究は、参与観察・インタビュー・アンケートを通じて、手話学習者の手話カフェに対する意識および手話教育への影響を明らかにすることを目的とする。本研究では、手話カフェに通う手話学習者をはじめ、カフェに通うろう者や経営者にもインタビューを行う予定である。さらに、手話カフェに行ったことのない学習者やろう者にも、行ったことがない(もしくは行かない)理由をインタビューを通して聴取する。
「ろう児・ろう者・コーダと言語的共生」 中島武史(客員研究員 兵庫教育大学 特別支援教育専攻 准教授)
2025年度は、コーダの中でも片親が聴者のケースについて実態把握を進めた。ろう‐聴ペアのコーダ11名(10代8名、20代3名)を対象に調査した結果、手話のみまたは日本語のみを使用できると回答したコーダはなかった。最も一般的なパターンは「日本語を第一言語、手話を第二言語とする」もので、7名(約64%)が該当した。また、手話を第三言語として使用しているコーダは3名(約27%)いた。また、大学院での日本手話指導の効果についても検証し、センター紀要3号にて発表した。2026年度は、ろう児に焦点を絞り、ろう学校の卒業生がどのように大学での言語生活を過ごしているか調査する。具体的には、インタビューにより大学での言語生活の様子を聞き取り、調査を進める予定である。
「日本手話話者における日本語語彙のマウジング使用に関する研究」矢野羽衣子(客員研究員 総合研究大学院大学博士課程)
ろう者はろう学校の国語教育において日本語の語彙や読み方を学習するが、日本手話話者が日本語とは異なるマウジングを用いることが報告されている(Dale-Hench and Yano 2023)。ろう者の日本語の読み方のパターンが明らかになれば、日本手話を第一言語とするろう児への日本語教育に役立つと考えられる。しかし、先行研究では対象語彙が限定的であるため、本研究では、日本手話ネイティブサイナーが多義語・複合語・同形異読語などに対してどのようなマウジングを用いるのかを調査する。
科研費採択状況
| 代表者 | 研究課題 | 研究種目 | 研究期間(年度) |
|---|---|---|---|
| 平 英司 | 日本語と日本手話のバイリンガル児の言語使用に関する質的調査 | 基盤研究(C) | 2020~2025 |
| 前川 和美 | 難聴児の手話療育体制整備に関する研究 | 厚生労働科学研究費補助金 | 2023~2025 |
過去の研究活動/科研費採択状況
国際連携事業
プロジェクト手話
「プロジェクト手話」は、香港中文大学「手話言語学・ろう者学研究センター」、日本財団、Google、本センターによる共同プロジェクトです。パソコンやスマートフォンのカメラを用いて、手話による自然な会話を認識し、音声言語に変換できる自動翻訳モデルの開発を目指しています。2021年9月に第一弾となる「手話タウン」をリリースし、2023年9月には第二弾となる「手話タウンハンドブック」をリリースしました(現在も継続して内容を更新中)。今後、手話辞書の作成を経て、自動翻訳モデルの開発を目指します。
手話タウンハンドブックについて
本センターが開発に協力した、手話の学習および手話の検索ができる学習アプリ
「食べ物」「感情」など、シーン別に収録されている手話単語を動画を見ながら練習したり、日本語から手話を、反対に手話に対応する日本語の意味をAI機能を使って両方から検索することができます。現在も更新中で今後さらに語彙を増やしていきます。
手話タウンついて
本センターが開発に協力した、AIが手話表現を認識する手話学習ゲーム
ゲーム内では、手話が公用語の架空の町を舞台に、カメラに向かって実際に手話でアイテムを指示しながら、様々なシチュエーションに沿った手話をゲーム感覚で学ぶことができます。また、手話に触れたことがない人から日常的に手話を使う人まで幅広く対象とされています。
ウェビナー
手話言語学、ろう文化、ろう研究等に関する講演動画(全5回)
手話言語学の社会的認知と理解を進めることを目的に、手話を研究しているアジア諸国の5つの大学と連携し、手話言語学、ろう文化、ろう研究等に関する講演動画を配信しています。
日本手話、日本語字幕が付いています。ぜひご覧ください。
手話言語学講座
「手話言語学講座(全18講座)」日本手話および日本語への翻訳
香港中文大学を中心に作成された「手話言語学講座(全18講座)」の日本手話および日本語版が完成しました。 「言語学とは?」というイントロダクションから、音韻論・形態論・統語論・CLと、音声言語との比較や手話言語ならではの特性を言語学的側面から丁寧に解説しています。ぜひご覧ください。