アメリカ留学中のささやかな思い出
杉崎 鉱司 手話言語研究センター研究員
本学の学部生の中には、私の指導学生も含めて、「留学したい!」と考える学生が少なくありませんが、積極的ですばらしいなと感心しています。私自身、アメリカ合衆国のコネチカット州にあるコネチカット大学の大学院に5年半ほど留学していましたが、言語学分野での博士号を取得するという目的を達成するためにやむを得ず留学したというのが正直な理由で、前向きに留学を望んでいたわけではありませんでした。実際、留学先での日々の生活は苦労の連続でした。英語圏での長期生活が初めてで、英語での日常会話はままならず、外食に行っても思ったような料理を注文することができません。自炊しようにも、夜に炊き立てのおいしい白いご飯を食べることは難しく、飲み物といえばコーヒーかコーラか水にほぼ限定され、巨大なスーパーマーケットに並べられているお菓子は同じ種類のものばかりでした。今からもう一度5年間アメリカに留学してもいいよと言われても、即答でお断りしてしまうかもしれません。
そのような中で、数少ない楽しみの一つは、毎週木曜日の午後にマサチューセッツ工科大学(MIT)で実施されていたノーム・チョムスキー先生の授業に出席することでした。大学院の友人たちと車で約2時間のドライブをして、授業に出席し、帰りには大学近くのMIT Press Bookstoreで本を購入したり、ボストンで日本の食料を調達したりすることで、失われそうになった元気を取り戻していました。
チョムスキー先生の授業において特に印象的だったのは、毎回、2名のアメリカ手話(American Sign Language: ASL)通訳者が出席し、約30分ごとに交代しながら2時間を超える授業の通訳を行なっていたことです。当時、MITにASLを母語とする大学院生が所属しており、その方のための通訳でした。日本の大学・大学院の授業でそのような光景を目にしたことがなかったため、私にとってはとても新鮮でした。音声言語を母語とする大学院生・研究者にとっても難解と思われる授業の内容を、なめらかに手の動きへと変換していく通訳者の技術や、得た情報を基にチョムスキー先生にその大学院生が堂々とASLで質問を行い、それを通訳者が音声言語(英語)へと即座に変換していく状況に、毎回の授業で驚きや感銘を受けていました。母語が音声言語であっても手話であっても分け隔てなく授業に参加でき、それぞれの視点から疑問を投げかけたり議論を展開したりできるチョムスキー先生の授業は、私自身が最新の言語理論だけではなく、学問がいかに公平なものであるかを理解するのに十分な内容でした。
無事に博士号を取得して日本に戻り、大学での勤務を開始してすでに20年以上が経ちました。私自身の専門は母語獲得研究ですが、いまこうして手話言語研究センターに所属して再び手話について考える機会を与えていただいているのは、チョムスキー先生の授業でご一緒させていただいたASL使用者のみなさんとのご縁のおかげかなとふと思ったりしています。