手話言語研究センター
K.G.
2026.04.01[コラム]

「少しだけ声で」の前に

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前川和美 特別任期制助教 手話言語研究センター主任研究員

 最近、日本手話や「ろう文化」が社会に浸透し、手話を学ぶ聴者の間でも理解が深まってきたと感じるこの頃です。聴者同士でも音声ではなく日本手話で会話するようになってきました。ろう者として、その変化はとてもありがたく、快適な環境になりつつあると感じています。

 一方で、理解が広がってきた今だからこそ、認識と行動のズレを感じる場面もあります。たとえば、ろう者がいる場で、「少しだけなら声で話してもいいだろう」と、当事者に確認をしないまま音声だけで会話が進んでしまうことがあります。その“少しだけ”の間に、同じ空間で置き去りにされているろう者の存在がいることは、意外と見過ごされがちです。

 仕事柄、聴者と一緒に出張や視察に行くことがあります。聴者が一人だけのときは、日本手話だけで問題なく進みます。ところが、聴者とろう者半々ほどのグループになると、互いに手話ができるにもかかわらず、聴者同士が集まり、音声だけで話し始める場面を見かけることがあります。これまで研究チーム内では、「ろう者が一人でもいる場では、音声ではなく手話で話す」という暗黙のルールがありました。それでも、ろう者が主体となる研修や視察の場で、隅のほうであっても、音声だけの会話が続いていると、その光景はとても目立ちます。空間が突然、「ろう者」と「聴者」に分かれてしまい、そこに見えない距離が生まれてしまうからです。それとなく声をかけると、笑ってごまかされたり、「手話だと話しにくいから」と言われたりすることもあります。でも、その「話しにくさ」のために、場から切り離されてしまう人がいることを、どうか忘れないでほしいと思います。

 これからも、同じ場で、気持ちよく一緒に仕事を続けたいからこそ、お願いがあります。「少しだけだから」と判断する前に、まず簡単に少しだけでもいいので内容を伝えること。そして、「少し声で話してもいい?」「仕事のことで声で話したいから、部屋の外に行くね」と当事者に一言断りを入れること。誰も置き去りにしない場づくりは、その小さな一言から始まるのではないでしょうか。