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学部長メッセージ [神学部]

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[ 編集者:神学部・神学研究科   2016年5月9日 更新  ]

私たちの希望について語る備えとしての神学

神学部長 土井 健司

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2016年度、学部長として4年目を迎えております。就任後、神学部設立125年の記念行事、「ディアコニアプログラム」の構築、新カリキュラムの策定、大学院におけるキャンディデート制の導入、野外ゼミナールの実施、NCC宗教研究所への授業提供の協定といった諸施策を展開して参りました。また公私にまたがりますが、神学の分野において日本最大の「日本基督教学会」の専務理事として、ひろく神学研究の発展に尽力しております。今年度も神学部の教育のために、できるかぎり働くつもりでおります。


神学部は「神学」という学問を扱うものです。では神学部のミッションである伝道者育成と神学とはどのような関係にあるのでしょうか。神学の伝統を考えるなら自明のものとも思われますが、私は次のように考えております。
第一ペトロ書3章15節には「あなたがたの抱いている希望について説明を要求する人には、いつでも弁明できるように備えていなさい」と記されています。ここでいう「希望」とはひろくキリスト教のことだといえます。つまりキリスト教について説明を求める人がいれば、誰であれ、すべての人に対して説明、弁明せねばならないのです。
「弁明」とは消極的な印象がありますが、二世紀の弁証家など歴史を考慮するなら、ここではむしろ積極的なものです。キリスト教というものをしっかりと語ることです。さらに、いつでもそう備えておくようにといいます。私たちは、キリスト教について求める人には積極的に語ることができるよう準備していなければならないということです。これが神学というものの礎だと思います。

現代はさまざまな問題を抱えています。たとえば貧困、紛争や戦争、自死・自殺、「いのち」にかかわる問題、環境等など。キリスト教はこれらの問題にどう考えるのか、伝道者であればこれを語らねばなりません。そのためには、考えつつ聖書を学び、キリスト教の歴史や文化を学び、教理や思想を学び、実践的なものも知っておく必要があります。キリスト教とは何か、教師として教えることを知らずに教会で何を語るのでしょうか。これらはすべて神学におけるたゆまぬ訓練と研鑽を必要とします。物事の本質を掴みつつ問題を思索する能力は、アカデミズムにおいてこそ培われるものです。キリスト教をよく知り、考える力が伴ってはじめて、長く伝道に従事できるのではないでしょうか。

日本では、まだまだキリスト教についてよく知られていません。驚くような誤解、中傷も見られます。キリスト教についてもっとよく知ってもらいたいと願います。とは言え、私自身まだ十分な備えができているとは思っておりません。今年度も、神学の研究に励み、また教育に邁進するつもりです。何卒よろしくお願い申し上げます。


皆さまの上に、主の豊かな恵みが在るように心から祈ります。

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