倉島 哲教授(2)

[ 編集者:社会学部・社会学研究科      2015年12月15日   更新 ]

先生の研究テーマとの出会いについて教えてください。

現在の研究テーマは太極拳です。見せるためではない本来の型への関心から、大学院入学とほぼ同時に、中国武術の太極拳を習い始めました。もちろん、日本武道の型と同じように、太極拳の型にも人に見せるためのものという要素はあるはずです。
しかし、太極拳は日本武道ほどスポーツ競技化が進んでいないため、審判に見てもらうためのものではない型が比較的よく残っているように思えたのです。大学のサークルで太極拳を2年間ほど練習した後、京都市にある太極拳教室に通いはじめ、そこで研究活動としての参与観察を開始しました。今は、中国とイギリスの太極拳教室を対象に国際比較研究をしています。

オープンキャンパスの模擬講義テーマ「スポーツは不自然?」について教えてください。

現代日本では、身体を動かすこと=スポーツをすること、と思われるぐらいスポーツは身近な活動になっています。
しかし、誰でもしたいときにスポーツができる環境は、歴史的にはきわめて特殊です。例えば、サッカーをするためには、平坦で障害物がない空間を、白線によって区切ることが必要です。このような空間は、学校のグラウンドや競技場にはありますが、自然のなかにはありません。山を切り崩し、木を伐採し、岩石を取り除いて整地測量することで、人工的に作られねばならないのです。こうして作られた人工的空間のなかでのみ、すべてのプレイヤーの身体を統一的基準にもとづき見渡すことが可能になり、客観的に勝敗を判定することができるようになります。
この意味で、スポーツは自然に反する活動であり、近代科学技術とりわけ土木技術、そして、こうした技術を行使する主体としての国家や地方自治体あるいは企業と不可分です。これは、スポーツをする身体が、他者に一方的に見られることで評価される身体である以上、どうしても避けられないことです。

スポーツに対する社会学的な見方をもう少し教えてください。

スポーツの空間について言えることは、時間についても言えます。たとえグラウンドでスポーツをしていたとしても、夜になったり、霧が出たり、雨が降ったりすれば、視界が悪くなるために試合は中断せざるを得ません。
したがって、スポーツをする理想的な環境とは、ドーム競技場のように、自然の空間の凸凹を消し去るのみならず、昼夜の交代や天候の変化といった自然のリズムさえも消し去った、徹底的に人工的な環境です。こうした環境でこそ、誰にも邪魔されずに、視覚的な客観性にもとづきスポーツの勝敗を判定することができます。人工的に作り出された視覚的な客観性は、スポーツを成り立たせるうえで不可欠であるのみならず、わたしたちの生きる近代社会そのものを成立させる原理でもある点で、社会学的にとても重要です。
もちろん、ここで言うスポーツは純粋な理念としてのスポーツで、一般的に「スポーツ」と呼ばれている様々な活動、たとえば、自然のなかで行う登山や、自分の楽しみのために行うジョギングが含まれるかどうかは微妙なところです。しかし、登山やジョギングは、視覚的な客観性が保証されていないがゆえに、オリンピック競技にはなりません。その意味で、オリンピックスポーツに代表される純粋なスポーツの周辺に、視覚の支配が徹底していないという意味で純粋ではないスポーツが存在すると考えることができます。

受験生へのメッセージをお願いします。

今の学生たちは、スポーツをすることの意味を、大会に出場して勝ち進むことか、あるいは、「がんばること」や「友情」などの感情的なものに見出しているように見えます。勝敗という客観的意味づけか、さもなければ、感情や共感といった主観的意味づけかの、両極端なんですね。
しかし実際は、試合の勝敗に必ずしも直接結びつかないところで、日々の練習のなかでの技術的な工夫があり、上達があり、達成があるはずです。たとえば、自分のフォームを工夫することは、見せるための型ではない、本来あるべき型を創造することであると言えますが、こうした創造に際しては、監督や仲間たちとの社会的な衝突や交渉が不可分でしょう。こうした経験を、たんなる主観として片付けるのではなく、身体感覚レベルにおける事実として主題化し、粘り強く考えぬき、自分の言葉で表現することができたなら、立派な卒業研究になるはずです。
そのためにも、本はたくさん読んでほしいです。10冊、20冊と言わず、100冊、200冊と読み進めることで、知識の蓄積もさることながら、日本語の読解スピート、幅広い語彙、正確な語法など、卒業研究に不可欠な能力を培うことができます。
卒業して社会に出てからも、教科書と参考書のほかは漫画と雑誌しか読んだことがありません、というのでは、いかにもあぶなっかしいです。ほとんどの專門分野について、今はすぐれた入門的な新書がたくさん出ているので、興味にまかせて手当たり次第に読んでみてはいかがでしょう。