「知ってるつもり」は熟慮を妨げかねない可能性 放射線災害地域の食品に対する消費者の意識についての調査研究

[ 編集者:広報室  2016年8月25日 更新  ]

 関西学院大学文学部・三浦麻子教授およびその研究グループ(京都大学・楠見孝教授、岩手県立大学・小倉加奈代講師)は、東日本大震災の原発事故で放射線災害を受けた地域の食品に対する態度について、2011年9月から2014年3月までの2年半にわたるパネル調査データにもとづき、消費者の居住地の地域差、時系列推移、個人差の3つの観点から検討しました。被災地から遠い地域でよりネガティブな傾向にあり、震災後3年を経ても大きな変化は見られませんでした。また、放射線の人体への影響に関する「適切な知識がある」ことは態度のネガティブさを低減させる一方で、「知識があるつもりでいる」ことは適切な理解にもとづく熟慮を妨げかねない可能性が示されました。
 本研究成果は日本社会心理学会の機関誌「社会心理学研究」オンライン版(8月25日)に掲載されました。
 なおこの研究は、科研費基盤A(代表 楠見孝 23243071) の補助を受けておこなわれたものです。

<ポイント>
・放射線災害地域の食品に対する態度は、被災地から遠い地域の方がネガティブ
・放射線災害地域の食品に対する態度は、震災後3年を経てもあまり変わらない
・「適切な知識がある」ことは態度のネガティブさを低減させるが、「知識があるつもりでいる」ことは適切な理解にもとづく熟慮を妨げかねない


1.研究の背景
 東日本大震災に伴う原発事故は、大規模な放射線災害を引き起こし、われわれの生活への影響が危惧されています。こうした先の展開が読めない不安な状況の中でも、われわれは生きるための様々な判断をしなければなりません。その1つが「食べること」にまつわるものです。スーパーで放射線災害地域の食品が売られていたら買うか?買わないか?安全性を盲信する(ポジティブな態度をとる)ことにはリスクがあるかもしれません。一方、根拠なく忌避する(ネガティブな態度をとる)ことは、風評被害をもたらすことにつながります。本研究では、こうした態度に地域差や時間経過による変化はあるのか、またその決め手となる要因は何かについて心理学的に検討しました。

2.研究の内容
 研究の対象となったのは、被災3県(岩手・宮城・福島)、首都圏(東京・神奈川・千葉)、関西圏(大阪・兵庫・京都)に居住する既婚男女1752名で、オンライン調査を実施しました。2011年9月に第1回を実施した後、同じ方々に2012年3月、2013年3月、2014年3月の合計4回にわたって調査にご協力いただきました。全回に回答して下さった方は818名です。調査で尋ねた項目は、放射線災害地域の食品に対する態度の他、放射線の影響に対する不安、自分が放射線に関する知識を持っていると思う程度などで、これらに加えて、放射線の人体への影響に関する科学的知識を確認するクイズを出題しました。
 分析の結果は「ポイント」に集約したとおりです。図1は、4回にわたる調査への回答結果を集約して、回答者を3つのグループ(クラスタ)に分け、放射線災害地域の食品に対する態度の平均値を示したものです(得点が高いほどネガティブであることを示します)。一見して分かるとおり、どのグループも4回の態度得点にほとんど違いがありません。つまり、震災半年後に放射線災害地域の食品にネガティブだった人は震災3年後もその態度を変えておらず、同様に、ポジティブな人はポジティブのまま、中くらいの人は中くらいのまま、という傾向が示されました。
 また、図2は放射線の影響に対する不安と、放射線に関する知識の個人差が、放射線災害地域の食品に対する態度にどのような影響をもつかを示したグラフです。左右で直線の向きが異なります。左のグラフからは、放射線に対する不安の強い人(実線)の場合に、知識量(クイズの正解数)が多い(+1SD)方が少ない(-1SD)人よりも態度のネガティブさが低いという傾向を読み取ることができます。しかし右のグラフを見ると、知識の主観的評価(自分は知識を持っていると「思う」程度)の場合は、不安の低い人(点線)ではより楽観的な態度につながっていますが、先ほどの傾向は読み取れないことが分かります。知識量と知識の主観的評価には、ほとんど関係がありませんでした。つまり右のグラフは、「知ってるつもり」では感情にかられた判断を動かせないことを示しているわけです。

3.今後の期待
 この研究の結果から、放射線災害地域の食品についていったん形成された態度は「時間の問題」で軟化しているわけではないことがわかりました。さらに、放射線の人体への影響について「正しい知識がある」ことは不安による忌避的な傾向を低減する一方で、「知ってるつもり」ではその効果が見られないことも示されました。東日本大震災による放射線災害の影響をどう見積もるかは、長く将来にわたってわれわれに課せられた問題です。それだけに、ただ不安のみにとらわれた感情的な判断をするのではなく、熟慮による論理的な判断をするために、放射線災害について正しい知識を得ることが必要です。


【論文タイトル】
福島第一原発事故による放射線災害地域の食品に対する態度を規定する要因: 4波パネル調査による検討

【著者名】
三浦麻子・楠見孝・小倉加奈代

【詳細は下記URLからご覧ください】
社会心理学研究 第32巻第1号 2016年,10–21

図1 放射線災害地域の食品に対する態度の時系列変化

図1 放射線災害地域の食品に対する態度の時系列変化

図2 放射線影響不安と知識が食品に対する態度に及ぼす影響

図2 放射線影響不安と知識が食品に対する態度に及ぼす影響